第19話 再会の恐怖

 ───きっと、この再会は必然だったのだろう。出会うべくして、出会ってしまった。しかし、予感はしていても、予想はしていなかった。


 こんな場所で、こんなに早く、こんな時に再会するなんて。


「ユー、リス……?」


「てめぇ、なんで生きて………!」


 ロットとリィナは雷撃に見舞われたかのように、驚愕に目を見張った。冷や汗を伝わせ、唇をわなわなと震わせる。


 対して俺は、言葉が出なかった。再びあいまみえた時、なにを言うべきか。何も考えていなかったからだ。いや、例え事前に考えていたとしても、やはり声は出なかっただろう。脳が掻き回されるような感覚に、吐き気が止まらない。指先の感覚は鈍り、視界も点滅し出す。


「ロット、リィナ……!」


 そんな場で、背筋が凍えるほど低い声が響く。それは、隣にいたキリカから発せられたものだった。

 彼女はまさに、鬼の形相だった。恩讐に駆られ、既にナイフに手をかけている。どす黒い殺気が、前方の二人に容赦なく注がれていた。


「………キリカ」


 俺はそんなキリカの前に腕を出し、今にでも飛びかかってしまいそうな彼女を止める。同時に、彼女には手を出させないようにした。


「なんで………」


 リィナは瞳を虚ろにして、雫のように言葉を落とす。


「なんで、なんでなんでなんでなんでなんでッ!!!」


 顔を両手で抑えながら慟哭し、膝から崩れ落ちていった。まるで、糸の切れた人形のように。


「ユーリス、ほんとに、ユーリスなの……?」


 彼女の儚げな問いに、俺は何も返さなかった。しかし、それこそが答えだ。

 あの表情。幼少期から持ち合わせていた大事なものが抜け落ちてしまったようなそれは、あの時に見た彼女と相違ない。むしろ、それよりもさらに悪化していた。


「そんな、なんで、なんで………」


 彼女は己が身をかき抱き、地面へと視線を下ろす。そんなリィナの元に、女性が駆け寄った。


「大丈夫ですか、リィナさん!」


 青い髪をした優しそうな女性は、リィナの背中を擦りながら声をかける。


 また、緑髪の青年は戸惑いながらロットに問いかけた。


「え、知り合いっすか……?」


 ロットは歯噛みし、こちらを見据えたまま告げる。


「……まあ、そんなようなもんだ」


 ロットと視線がぶつかる。彼は憤怒とも驚愕とも取れない曖昧な表情を浮かべていた。しかし、決してそこに嬉々たる感情はないのだろう。


 それは、こちらも同じ。特にキリカは敵意どころか殺意を剥き出しにしている。その視線は、向けられておらずとも心臓が握られているかのような緊迫感が走る。

 いつも冷静で達観しているキリカのこの変わり様は凄まじいが、だからこそ俺は冷静でいようと努めた。


「まさか、生きてたとはな」


「あんな殺され方をされちゃ、死んでも死にきれないって話だ。詰めがあめぇよ、ロット」


「ちょっと会わない間にえらく粋がるようになったじゃねぇか。無黒インフェリアの分際で」


 ロットの瞳は、段々と鋭いものに変わっていく。それは、廃棄物などに向けられるものと同じだった。

 しかし、俺はロットから目を背けることも、同種の目で見ることも無い。そんなことをしても、この場では意味を持たないからだ。


 俺達が言葉と視線を交わしている最中、それを聞いていた蒼髪の少女が小さく口を開いた。


「殺、された……?」


 その声に呼応するように、リィナは体をさらに強く掻き抱く。極寒の地にでも放り出されたかのように、肌を浮き立たせ体を震わせていた。


 疑念のこもった二人の瞳が、ロットの身を突き刺す。

 それに対し、ロットは焦燥することも無く平然と告げた。


「こいつらが洞窟の調査クエストをしていた時に突然裏切ってな?俺達を洞穴に突き落とそうとしてきたのを、返り討ちにしたってわけだよ」


 ロットが邪気混じりの笑みを浮かべてそう言い放った瞬間、弾丸のようにキリカが飛び出した。懐から双つのナイフを抜き、鮮烈な刃を振り下ろす。

 すんでのところで反応に間に合ったロットは、槍を振るいナイフの一閃を相殺する。


「っぶねぇな!」


 キリカの瞳は完全にロットの首元を狙っていた。彼女は空中で体勢を整えながらも第二撃へと転じる。


 その寸前、俺は彼女の腕をとった。


「やめろ、キリカ」


 すると、彼女はこちらに首だけ勢いよく振り返る。そこにはまさに、人の命を刈り取ろうとする死神がいた。


「なんで止めるの!あんな性根まで腐ったクズは、切り捨てるべきでしょッ!」


「確かに俺もムカつくけど、あんなやつの為にお前が手を汚すことはねぇ」


「けど……!」


「ダメだ、キリカ。お前だけは」


 俺ができるだけ沈めた声で言い放つと、彼女は心底悔しそうに瞳を強く閉じた後、そのナイフをゆるりと下ろした。


「全く、逆ギレとか勘弁してくれよ?」


 危機を脱したのを感じ取ったのか、ロットは冷や汗を伝わせながらも軽く笑みを浮かべた。

 キリカは再度怒りを迸らせたが、それを無理やり抑え込み、俺にそっと声をかけた。


「ねえ、ユーリス。手、握っといて」


「………わかった」


 俺は言われるがまま、そっと彼女の手を握った。今宵はそれなりに冷え込んでいると言うのに、その手は燃えるように熱かった。


「おいおい、いつの間にそんな関係になったんだ?」


「なってねぇよ。それより、ジェイロとゴードはどうしたんだよ」


「あいつらか?約束を果たせなかったからっつって、どっか消えちまった。居場所も知らねぇ」


「あっそ」


 やはり、キリカの考えは的中していたらしい。となれば、この二人が新しいパーティーメンバーのハオズとセティア、という人達なのだろう。


「てめぇ、どうやってあの状況から生き残った?」


「教える義理はねぇな」


「ほんと、ムカつく野郎になったな、てめぇ」


「お前は相変わらず小物くせぇな」


「あ゙あ゙?」


 ロットは眉間に皺を寄せ、ドスの利いた声を響かせる。しかし、臆することは無かった。


 俺とロットが睨み合っている中、リィナはずっと下を向いたままだった。この現状を受け止めきれず、受け入れようともせずに、ただ矮小な声音で何かを絶えず呟いていた。

 これは、まともに話しができるような状態ではないだろう。


「行こう、キリカ」


「え……?」


「今はダメだ」


 遅かれ早かれ、ケリをつけなくてはならない時が来る。そしてその相手は、ロットでは無く彼女だ。しかし、その彼女は対話不能の状態になってしまっている。であれば、ここに留まっていても意味は無い。今はまだ、その時ではないのだろう。


「…………ん」


 キリカは不服極まりないという様子だったが、渋々受け入れてくれた。

 そして、俺達は二人で街の方へと歩き出す。


「てめぇ、待ちやがれッ!」


 そんな俺達に、ロットは怒号を飛ばす。


「てめぇらのせいでこいつはまたこんなになっちまったし、ジェイロ達を仲間に出来なかったんだぞ?そのツケはちゃんと払えや」


 ロットは空より高く自分を棚上げして、そんな要求をしてきた。キリカはさらに憤怒の炎を燃やすが、俺は呆れを通り越して悲しくなってきた。


「お前ってほんとバカなんだな」


「んだとッ!」


「こんな奴に殺されかけたとか、自分が情けなくてしょうがねぇよ。なんか怒りすらあんま湧いてこねぇわ」


「……言わせておけば!」


 ロットは怒りを顕にして槍を強く握り直す。


「また俺を殺そうとすんのか?やめとけよ。今は貴重なパーティーメンバーが見てるんだぞ」


「…………ちっ!」


 ロットは舌打ちをして、額に血管を浮き立たせる。しかし、そこから動くことは無かった。こいつも少しは理性的なところがあるらしい。

 俺はロットが来ないことを確認した上で、四人に背を向けた。


「あんたら、そんな奴と一緒にいるとろくなことにならないぞ。そんだけ言っとく。じゃあな」


 俺はそれだけ言い残した。今そいつが殺人鬼だと吠えたところで、証拠がない故に、先程のように誤魔化されるのが関の山だろう。だからこそ、ハオズとセティアに軽い忠告だけ促した。


 そして、俺とキリカは手を繋いだままその場を立ち去った。背後から様々な感情を持った視線が刺されたが、そんなものを気にする余裕は無かった。


 俺の胸中では、凄まじい速度で感情達が暴れ狂っていた。できるだけ冷静に努めようとした結果、激流の如く生まれる悪感情の全てが内に留まっていたのだ。

 軽く目眩がする。足元もおぼつかず、鈍器で殴打されるような頭痛も鳴り止まない。


 しかし、それでも歩みは止めなかった。 それが意味するものが、前進か、逃亡かは定かではない。


 ただ、この再会に恐怖したのは、事実だった────。

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