第18話 星の降る夜

 数時間ほど馬車に揺られていると、何やら遠目に建物の羅列が見えてくる。行商の馬車なども行き来しており、街の外壁も見受けられる。


「見えてきましたぞ。あれがスティギルでございます」


「おおー!」


「それなりに栄えてるっぽいな」


「王都に近い街ですからね」


 馬車は検問を通ったのち、街の中へと入っていく。

 東街、スティギル。王都ほどではないが、俺のいた村よりも遥かに活気づいている。印象としては特に異文化的なものや街特有の象徴などがあるわけでもないが、馬車、特に行商人らしき人間が多く行き交っている。


 そんな馬車の群れの一つとして、俺達もゆったりと街の中を進んでいく。


 そして、広場に出たところでドイルドさんが馬車を停めた。


「到着です。私は近くの繋ぎ場に馬車を止め、宿の確保や荷物の整理をしておきますゆえ」


「うむ、了解じゃ!」


「ありがとうございます」


 俺達は馬車を降り、地に足をつけた。

 俺は凝り固まった筋肉をほぐすように、そこで伸びをした。さすがにあそこにずっと座っているのは窮屈に過ぎる。


「聞きそびれてたけど、虹の丘ってなんだ?めっちゃ綺麗に虹が見えるところか?」


「いえ。虹の丘とは、ある一定の時期にだけ咲く、ライトレインボーという花が咲き乱れるスポットのことです」


「それが、今の時期というわけじゃな」


「ふーん。で、今日行くの?」


「いや、日も傾いてきたことじゃし、今日はひとまずスティギルに泊まって、明日にでも向かおう」


「了解」


 俺達がそんな話しをしている最中も、多くの人々が広場を中心に四方に散らばり歩いていく。

 しかし、やはりルミナに歓迎の声はない。視線はそれなりに集めているが、やはりここでもあの中年男性が言っていた通り、『長子のくせに遊んでばかりのろくでもない王族』という印象が植え付けられているのだろう。

 まあ、そのことをルミナは全く持って意に介してないが。


 と、そんなことを考えていた時、何やら若々しい男女二人がこちらに駆け寄ってきた。


「ルミナ様!」


「ん?」


 二人は歓喜に震えるような笑顔を浮かべながら、ルミナの元へとやってきた。

 ルミナは二人に気づくと、同じように頬を綻ばす。


「おー!あの時の二人ではないか!元気じゃったか?」


「はい、おかげさまで俺達、今幸せに暮らせています」


「これも、あの時ルミナ様が夫の怪我を治してくれたおかげです」


 どうやら二人は夫婦らしい。そして話しを聞く限り、ルミナが男性の方を助けたのだろう。


「本当に、なんとお礼を申し上げればよいか……」


「良いのじゃ。息災ならばそれで」


 彼女はよいよいと手を軽く払う。


 そんな笑顔を浮かべているルミナとは対照的に、男は拳を強く握りこみ、表情を僅かに歪めた。


「俺は、悔しいです」


「何がじゃ?」


「こんなにお優しくて素敵な方なのに、世間ではただの遊び人の王族として噂が広まってしまっている。それが俺には、許せないんです!」


「そなた……」


 ルミナは一瞬儚げに瞳を細めたが、すぐに笑顔を取り戻した。しかし、先程までの天真爛漫なものでは無い。まるで、何かを悟った天使のような、慈愛のこもった微笑み。


「ありがとう。そう思ってくれるだけで十分じゃ」


「しかし……!」


「噂も本当じゃ。所詮、王族というても遊び人に過ぎぬからな。余は何も気にしておらん」


「ルミナ様……」


 表情を沈ませる二人に対し、ルミナは一層明るい笑顔の花を咲かせた。


「せっかく手に入れた幸せじゃ。余計な波風は立てぬ方がよい。余の願いは、そなたらの平穏なのだからな!」


「ルミナ様………。わかりました」


「二人で精一杯、生きていこうと思います」


「うむ!」


 そんな光景を見ていると、知らず知らずのうちに苦々しく表情が歪んでしまう。


 彼女は、王族らしくない。それは自他共に認めていることだ。

 しかし、本当にその器がないのか?彼女は確かに勉学にも取り組まず、政務にも携わっていない。

 だが、それと器は別の話だ。裏表がなく、ありのまま人と向き合い、純粋な優しさで包んでくれる。

 彼女がトップに立った時、ついて行こうとする人間は少なからずいるのではないか。人としての能力云々ではない。彼女の人間性に惚れて。


 しかし、本人にその気がなく、王位は弟が継いだ方がいいと考えているのならば、口を挟むことも無い、か。


「む?どうしたのじゃ?」


 彼女が俺の顔を下から覗き込んできた。どうやら夫婦との話しは終わったらしい。


「知れば知るほど…………。なんでもねぇ」


「なんじゃそれは!」


 彼女はぷんすかと腕を組んで怒っていたが、特に構いはしなかった。


 知れば知るほど、変なやつ。────けど、決してこいつのことは、嫌いになれないだろう。






♢♢♢






 宿に泊まったその日の夜。誰もが寝静まった頃に、俺はベッドを抜けた。今日は馬車に揺られただけでほとんど何もしてないため、あまり体が疲れていない。


 俺は街を出て少し歩いたところにある小高い丘に腰を下ろした。今日はあんま寝つけないし、空間術の練習でもしよう。俺は、未だに空間術で何ができるのかも断片的にしか思い出せていなかった。


 要練習だな、と立ち上がった時───。


「なにしてんの」


 背後から涼し気な声が響く。振り返らずとも誰かはわかる。


「あんま寝れなかったからな。お前は?」


「同じ。そんで、フラフラとどっかに歩いていく誰かさんを見たってわけ」


「心配してくれたのか?」


「そうとも言うかもね」


 言いながら彼女は俺の隣までやってきて、空を見上げた。夜の暗闇を切り裂く、満点の星空が広がっている。


「なんか、既視感」


「そりゃ数日前もこうして二人で見上げてたからだろ?」


「そだね。けど、どこか違って見える」


「それは───」


 場所が違うからだろ、と口をついて出そうになったのを反射的に飲み込んだ。

 そんな単純な話しではないのかもしれない。景色は、見る人間によって十人十色。その時の心の持ち方一つで、同じものでも全く違って見えたりするものだ。


 じゃあ、俺は今、この星がどう見えているのだろう。


 と、見上げようとした時だった。





「星ぐらいいつでも見にこれるだろ」


「今日は特に綺麗っすから!」


「みんなで見るというのも、いいですよね」


「暗いから、足元気をつけてね」






「…………!」


 瞬間、胸の中がざわめきだつ。思考どころか意識すら鈍くなる。視界がぐにゃりと歪んでいく。平衡感覚を失ったように、その場に立っているという事実すら誤認してしまいそうになる。


 話し声が、背後から迫ってきている。内容だけ聞けばただの談笑に過ぎない。


 ───しかし、その声の中に、嫌という程聞きなれた声が混ざっていたのだ。


 俺と、おそらくキリカも、体が異常に強ばってしまいそこから動けなかった。まるで、縫い付けられたかのように。

 ここから離れた方がいい。ここにいては何かが決定的に壊れてしまう。そう頭の中で警鐘が鳴るが、どうしたって足は動かない。


 そんな思考も抗いも、運命の波に呑みこまれていく。




「ここから、星、が…………」




 会ってはいけない。




「…………嘘」




 再会してはいけない。




 しかして、俺の嫌な予感が見事に的中してしまった。いずれ、この時は訪れると。だが、あまりにも早い。

 こんなことになるなんて、予想だにしなかった。


 やって来たのは、四人の男女。気さくそうな少年と、内気そうな少女。


 そして、紛うことなき、元パーティーメンバーの二人だった。





「………ユーリス?」





 ────何かが変わる時。何かが交わる時。それはいつだって、星の降る夜の出来事だった。




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