第16話 再度旅へ


 調査クエストの報酬を受け取り、街に出てみると、何やら人だかりができていた。


「おい、シャディル王子が来るんだとよ!」


「あら、それなら見送りしないとね!」


 街を行き交っていた人々が、何やら騒がしくなってきた。皆一様に足を止め、群れを成していく。群衆は馬車道の端で、王子の到来を待った。


「シャディルって、さっきのやつか」


「ちょこちょこ遠征に行って、有力貴族と会談してるんだって。あたしも何回かこうして見送られてるところに出くわしてた」


「へー、知らんかった」


「あんた政治とか興味無いもんね。あたしも別にないけど」


 そんな雑談をしていると、やがて白き馬車が到来する。ルミナが乗っていたものより小さくはあるが、同等かそれ以上の豪奢さを誇っている。


 その馬車の姿を捉えた瞬間、国民のざわめきが歓声へと変異していく。


「シャディル様!」


「行ってらっしゃいませ!」


「次期王よ!」


 ゆったりと群衆の中央を通っていく馬車に、盛大な喝采が飛び交う。そのどれもこれもが賛辞ばかり。やはり民達も、シャディルが王位を継ぐものだと確信しているようだ。


 この対応と盛り上がり方。ルミナの時とは雲泥の差だな。などと思っていると、俺達の前にいた中年の男性達の話し声が聞こえてきた。


「やっぱりシャディル王子が王位を継ぐのにふさわしいな」


「ああ。ルミナ王女は悪い人ではないが、いつも遊びに行ってばかりだからな」


「長子であれはいかんよな。シャディル王子は優秀だし、男だから継承に差し障りがそこまでないだろう」


「でも、昔はシャディル王子は女性だと言われてなかったか?」


「ああ。なんでも、出産に携わった医師が性別を間違えてしまっていたらしいな」


「どちらにせよ、シャディル王子が王になるのに変わりはあるまい」


 そんな話しを小耳に挟んでいるうちに、馬車は目前を通り過ぎ、東門の方へと向かっていった。


 それを充分に見届けた民達は、やがて散り散りに去っていく。


「借家には大した荷物も置いてないし、そもそも絶対行きたくない……。ユーリスは?」


「…………」


「ユーリス?」


「ん?ああ、俺はカレー派だ」


「何の話……。借家、どうする?」


「あー、俺は大したもん置いてないし今はいい」


「そ。じゃ、とりあえず宿屋行こ」


「おう」


 とことこと歩き出すキリカの背に、気だるげについて行く。


 なんか、引っかかるんだよな……。


 俺は心の中でそうボヤきながらも、キリカと共に宿屋へと向かった。






♢♢♢





 


「ユーリス、ほら起きて!」


 何やら、声が響いてくる。懐かしく、聞き慣れた声が。


「いつまで寝てるの?遅刻しちゃうよ!」


 もう少し、寝かせてよ。僕はまだ眠いんだ。


「もう、起きてったら!」


 何かが上にのしかかり、布団ごと俺の体をグラグラと揺らしてくる。うう……。


「やめてよ、リィナ………」





「起きるのじゃユーリスッ!!!」





「……ッ?!」


 鼓膜を豪快に揺らされ、無理やり意識を叩き起される。目は一気に見開き、脳は衝撃により一時停止した。


「おー!起きたか、ユーリスよ」


 俺の上で歯を見せながら笑う少女。彼女には、よく見覚えがある。会ってまだ間もないが。


「ルミナ……?」


「うむ。ルミナじゃぞ?何やらうなされていたが、大丈夫か?」


 彼女は心配そうに顔を覗き込んでくる。俺はその自分の顔を片手で覆い、盛大なため息をついた。


「うなされてたんならほっといてくれよ……」


「?嫌なものを見ていたなら、すぐに解放してやるべきではないか?」


 ルミナは純粋そのものの眼差しを向けてきた。彼女なりの善意だったらしい。まあ、別にいいけど……。


 ───うなされてた、か。ということは、俺にとって彼女が出てくる夢は、悪夢を見ているのに等しいことらしい。

 情けない。全てを引きずってしまっている証拠だ。カサブタになるどころか、傷の具合さえ自分で把握出来ていない。

 まあ、先日までは目を閉じただけでも色々思い出してキツかったのだ。眠れただけ御の字───と言いたい所だが、夢にまで現れられるとは思わなかった。


 クソが……。と一人心の中で愚痴りながらも、俺はルミナに語りかけた。


「そんで、なんでお前がここにいんの?」


 昨日は宿を探して、結果的にここに泊まることになった。しかし、当然そのことをルミナには知らせていないし、そもそももう俺たちに用は無いはずだ。


「また一緒に旅に出ぬか、ユーリス?」


「はぁ?」


 俺が心底わけわからんと顔を歪めていると、そのタイミングで俺の部屋のドアが開いた。


「お久しぶりです、ユーリス・スウェイド」


 清廉な佇まいをしたクロエが無遠慮に部屋に入ってきた。


「いや、昨日会っただろうが!てかなんだよ急に。そもそもなんでここがわかった?」


「私達の情報収集能力を舐めないでください。本日あなた方が泊まる宿、そしてあなた方の経歴も全て調べあげさせていただきました」


「職権乱用だろうが!」


「その結果、キリカ・ティリエル、ユーリス・スウェイド共に怪しい点は無しと判断したため、ルミナ様の旅への同行許可が降りました」


「許可?いやそもそもどういうことだよ!」


 俺が抗議の声を上げていると、クロエの後ろからすすっとキリカが顔を出した。彼女もどこかうんざりとした顔をしており、目の下にはほんのりと隈が出来ていた。


「ようするに、ルミナがあたしらをまた旅に連れていきたいって言い出した結果、クロエに洗いざらいあたしらのこと調べ上げられたってわけ。そんでただの善良な市民だと判明したから、旅についてこいってこと」


 彼女はそこまで言い終えると、口元を抑えながら大きな欠伸をした。おそらく彼女も俺と同様に無理やり叩き起こされた口なのだろう。


「むちゃくちゃ言ってんな……」


「それで、どうする?」


 キリカは寝ぼけ眼を擦りながら尋ねてきた。どうするっつったって……。と逡巡していると、俺の上に跨っている王女がそれはそれは輝かしい笑顔を向けてきた。朝から眩しい。


「よいではないか!どうせ暇であろう!」


「決めつけはよくないぞー」


「なんじゃ、何か予定があるのか?」


「いや、特にねーけど……」


「ならばよいではないか!」


 そう何度も言われると、断ること自体面倒な気がしてくる。というか確実にめんどくさい。


 今急ぎの用事があるわけでもないし、まあ、この王女様と一緒にいると気が楽になるというのもまた事実。

 俺はチラリとキリカに視線を送る。それに対し、キリカはささやかな頷きで返した。


 俺は上半身を起こし、後ろ頭をかいた。


「まあ、いいけどよ」


「おー、さすがユーリスじゃ!」


「それでは、支度が済んだら宿の外に来てください。馬車が用意されていますので」


「わかった……。ちなみに、どこに行く気なんだ?」


「東の街スティギルの近辺にある、虹の丘じゃ!」

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