第15話 ギルドへ
俺達はいつも通っていたギルドにやってきた。相変わらず食事や酒の匂いが漂い、個性溢れる冒険者達が集っている。
俺達は真っ先にカウンターに向かい、受付嬢に話しかけた。
「すいませーん」
「はい、なんでしょ……」
いつもにこやかで清楚さが溢れ出ているマリナさん。今日も素晴らしい笑顔で迎えてくれた。かと思ったが、俺たちを視界に写した瞬間、その表情は無に消える。瞳は僅かに見開かれるだけで、他の動作がフリーズしている。
まるで、幽霊でも見かけたかのような反応だ。
「ユーリスさんに……キリカさん、ですか?」
「はい、そうですけど」
そう答えると、彼女は唇と声音を震わしながら、なんとか言葉を紡いだ。
「お二人は、先の調査クエストにてお亡くなりになられたと、聞いていたのですが………」
「はぁ?」
俺は思わず眉をひん曲げた。対し、キリカは冷静にマリナさんに尋ねる。
「それ、報告したのってロットとリィナですか?」
聞くと、マリナさんはぎこちなく首肯した。
「はい、そうです。お二人は大穴に誤って転落した、と………」
そこまで聞けば、俺も合点がいき、手のひらをポンと打った。
「あー、だから死んだことになってんのか」
「ま、そうなるよね。あたしまで死んだ扱いされてるとは思わなかったけど」
俺達が勝手にうんうんと納得していると、マリナさんは手をブンブンと振りながらあたふたし始めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ということは、あの報告は虚偽だったということですか?」
「まあ、嘘はついてないと思いますよ。実際死にかけたし、死んだと思ってもおかしくないでしょ」
「そんな……。一体、なにがあったんですか?」
マリナさんにそう問われ、俺はキリカと顔を見合わせた。ここは、嘘をつく必要はないだろう。
俺たちは簡潔にマリナさんに事実を伝えた。
「そんな、ことが……」
「あいつらの言い分だと、たぶん事故だったとか言ってたんでしょうけど」
俺達の話しを聞くと、マリナさんの表情に暗い影が差す。
「大変、でしたね」
「まあ、大変だったっすけど、生きてるだけで万々歳です」
俺がそういうと、彼女は憂いながらも心底安心したように息をついた。マリナさんは俺が
俺が一人反省していると、キリカが別の話題を振った。
「じゃあ、調査クエストの方は報告してクリアになってるんですか?」
「はい。えーっと……あ、こちらです」
そう言って見してくれたのは、俺達が受けていた調査クエストのクエストシートだった。
クエストシートとは、クエストを受注した人間が受け取る紙のことである。そこには最初にクエスト内容が書かれており、さらに受注する際に受付嬢が参加する人間の名前を記すことで、ようやくクエストを受注したということになる。
討伐の場合、指定の魔族を指定の数討伐した瞬間にクエストシートが淡く光り、クリア欄に赤い捺印が勝手に押される。運搬や護衛、調査などといった、クエストシートがクエスト成功かどうか判断できないクエスト、またはする必要がないクエストは、依頼主か受付嬢に報告してクリア欄に捺印を押してもらう。
こうしてクリア欄が埋まったクエストシートをギルドに提出することにより、はじめてクエスト成功となり、報酬やポイントを貰えるシステムとなっている。
そして、マリナさんに見せてもらった洞窟の調査クエストのシートは、クリア欄が埋まっている。
どうやらあいつらによって報告は済んでいたらしい。ならば、とりあえずは一安心だ。報告義務を怠れば、最悪冒険者をクビになってしまうからな。
少し肩の荷が降りたな、と思っていたが、そこでキリカはどこか刺々しいオーラを放ち始める。
「それで、そのロットとリィナは今何してるんですか?」
その視線は、どことなく、いや、どこまでも冷たい。
「お二人なら、他の二人とパーティーを組んでクエストに出かけています」
「それって、ジェイロとゴードですか?」
「いいえ。ハオズさんとセティアさんという方です」
え?だれそれ?と、俺がキリカに視線を向けると、彼女は落ち着いた様子で答える。
「たぶん、ジェイロとゴードはあたしに手を出せなかったから、加入しなかったんだと思う」
「あー、そんなこと言ってたな」
ジェイロとゴードは、元々キリカを抱かせるという条件でロットがパーティーに入れようとしていた。それが達成出来なかったから、パーティーに入らなかった、ということだろう。
「そのジェイロとゴードがどこに行ったか、知りませんか?」
「いいえ……。心当たりもありません」
マリナさんは緩く首を振った。なんだよ、と内心肩を落とした。
「そうだ。一応このこと、騎士団に連絡しておきましょうか?」
騎士団。基本的に街の守護を生業とする団体だ。国民に迫る脅威の排除の他、犯罪の取り締まりや街の警備など、活動は多岐に渡る。
「でも、立証とかできるんですか?」
「厳しいかもしれませんが……。調査は行われるはずです。事情は私から話しておきますので」
「じゃあ、お願いします」
リィナとロットはわからんが、ジェイロとゴードはあの様子だとまた罪を犯しそうだ。野放しにする訳にはいかないだろう。そうして騎士団が二人を見つけて捕まえた場合、俺が手を出せなくなるかもしれないが。まあ、その時はその時だ。
「それで、おふたりはこれからどうされるのですか?」
マリナさんは神妙な顔をして尋ねてきた。
これからの、行動指針。もちろん、自身の正体を知ることが俺の目的ではある。しかし───。
と、一人思案をめぐらしていると、キリカがそっと口を開いた。
「……あたしは、ロットとリィナが許せない」
キリカは視線を下降させ、拳を握り込む。前髪に目元が覆われ、ハッキリと表情は見えない。しかし、彼女からは様々な負の感情が漏れ出ていた。冷たく、熱く、脆い心の声達。
「今すぐにでも、ボコボコにしてやりたいくらいムカついてる。けど───」
彼女はすっと顔を上げ、俺の瞳を見据える。
「もう、あの二人には関わらずに生きていく方がいいのかもしれない」
そう告げる彼女の表情は、悲哀に満ちていた。憤怒や憎悪も確かにそこに居座っているのだろう。しかしそれ以上に、深い海の底のような、仄暗い感情が絶えず滲み出ている。
きっと、わかっているのだ。俺もキリカも、再びあの二人に出会ってしまっては、自分の中の何かが弾けてしまうと。
「……そう、かもな」
「だから、これからはひっそりと生きていくっていうのもありだと思う。どう?」
彼女は不安げな表情で尋ねてきた。
キリカの言い分では、最悪の場合、冒険者を辞めることすら視野に入っているようだ。このままこの職業を続けていれば、あいつらと顔を合わせる可能性が高まるから。
キリカの気持ちはわかる。俺だって、今はあいつらには会いたくない。
しかし、結論を急ぐ必要が無いのもまた事実。
「一つの案ではある。けど、もう少し考えようぜ」
「……わかった」
彼女は緩やかに首肯した。
こんなことを言ってはいるが、頭の片隅で予感していた。遅かれ早かれ、ケリをつけなければならない時が来る。どれだけ避けようとも、必ずその時が来る、と。
だから、おそらくこの時の決断に、大きな意味はないのだ────。
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