第一部 第二章 訣別の時
第14話 帰還
二日目の昼過ぎ。俺達はようやく王都へとたどり着くことが出来た。門番による検問を通り、王都の中へと入っていく。
王都の中は、相変わらず豪風の如き活気を見せていた。目まぐるしい数の住居が建ち並び、大小様々な形をとっている。個性の強いものから一般的なものまでありとあらゆる商店が羅列し、商人達はいきいきと商品を宣伝する。
武装した騎士や馬車に乗る貴族、買い物に勤しむ一般市民から仕事に向かう大工まで。多種多様な人間が大通りを行き交っている。
俺の生まれ育った田舎には、こんなのなかったな。などと思いながら、漠然と外を眺める。
それにしても、王族の馬車が通っているというのに、すれ違う人々の反応は薄い。もっと手厚く歓迎してもいいものだが、みなチラリと視線を向けるか、馬車を見ながらヒソヒソと話しをするぐらいだった。疑問と言えるほどではないが、少し違和感を感じる。
と、そんなことを考えていると、いつの間にか巨大な城門近くまでやって来ていた。
「到着致しました、ルミナ様」
「うむ」
騎士が馬車を止めると、ルミナとクロエが馬車から降りていく。俺とキリカもそれに続いていった。
「でっけぇな.......」
「ほんと、首痛くなる」
俺達は城を見上げながら、思わずそんなことを呟いた。いつも遠目で見ていたが、こうして間近で見ると迫力が違う。
「どうじゃ、余の城は?」
「ああ、素直にすげぇなって.......」
「───あなたの城ではないですがね」
背後から、冷えきった声が被さってくる。
振り返ると、真白のスーツに身を包んだ美少年が立っていた。ショートヘアに中性的な顔立ち。琥珀色の瞳を煌めかせるその少年には、幻想的な美しさがある。
そしてその顔は、ルミナと瓜二つだった。
「シャディル!」
ルミナは笑顔を咲かせ、はしゃぎ気味に少年の元へ駆け寄った。
「元気じゃったか?少し、痩せたか?」
ルミナがそう問うと、シャディルは不敵に笑った。
「ええ、そうかもしれませんね。僕は姉上と違って公務に忙しいので」
「そ、そうか」
ルミナは乾いた笑みをもらした。しかしすぐに立ち直り、今度はあの絵を彼に見せた。
「見てくれ、シャディル!また絵を描いたのじゃ!今回はかなりの自信作なのだぞ!」
ルミナはどうじゃどうじゃ、と少年に感想を求める。
しかし、彼はさして絵を見ることも無く、額に手を当てやれやれとため息をついた。
「お気楽なものですね、姉上は。羨ましい限りです」
少年のルミナを見る目は、どこまでも冷えきっていた。侮蔑、差別、軽蔑がわざとらしいほどに瞳に滾っている。
「まあ、精々そうして絵描きの旅にでも出ていてください。あまり国に留まられて、余計なことをされては溜まったものではありませんからね」
少年は嘲笑混じりにそう告げた。その時、ふと俺と視線がぶつかる。すると、一瞬にしてその笑顔が霧散していった。
「.......あなたは?」
「俺はまあ、王女様の知り合いだ」
「..............」
少年の視線からは、痛いほどの敵愾心が伝わってくる。瞳は鋭く、僅かにだが憤怒に肩が震えているようだった。
「.......姉上。付き合う人間は選ぶべきです。あなたは仮にも王族なのですから」
「じゃが、ユーリスは良い奴じゃぞ?」
「そういう問題ではありません。このような薄汚い
少年はルミナにそう告げながらも、俺の瞳を睨めつけてきていた。まあ、
しかし、こいつからは何か、別種の敵意を感じる。あくまでも気がする程度だが。
少年は一度を目を伏せ、ルミナに軽く会釈をした。
「では、僕はこれから諸侯の貴族と会合があるので」
そう言って、少年はルミナのわきを通り過ぎていく。クロエはすれ違いざま、少年に丁寧なお辞儀をして見送った。
少年は門を抜けて、城の中へと姿を消していく。
「..............」
残されたルミナは、僅かに視線を下げてキャンバスをギュッと握っていた。その後ろ姿はなんとも寂しく、儚いものだった。
そんなルミナの元へキリカが歩み寄り、何やら話しかけていた。きっと、気の利いた言葉でも送っているのだろう。
俺はわずかにクロエににじり寄り、小声で尋ねた。
「今のガキンチョは?」
「ガキンチョって.......。ご存知ないのですか?」
はぁ.......。とクロエは深いため息をついたのち、淡々と説明してくれた。
「シャディル・ユーヴァス第一王子。ルミナ様の弟君であり、王位継承の最有力候補のお方です」
「王位継承?なんかの本で見たけど、ユーヴァス家ってのは長子継承制じゃなかったのか?」
「確かにそうですが、ユーヴァス家はかつて男系男子継承制でした。それをこの代に復活させようとのことです」
「そんなに王族として有能なのか、シャディルって奴は」
「ええ。とても努力家で、優秀なお方です。幼き頃から自身が王位を継ぐのだと、あらゆる勉学を収めながら政務にも積極的に取り組んできました。その姿勢と能力が評価され、今では民衆も貴族達もシャディル王子が王位を継ぐものだと確信してきています」
「........ふーん」
弟であるシャディルがそんな王位に執着する人間ならば、長子であるルミナはさぞかし邪魔な存在なのだろう。
そして、世論がシャディルに傾くほど、彼女の肩身は狭くなり、国民からの支持も敬意も評され無くなっていく。
「教えてくれてありがとう、クロエ」
「.......いえ」
俺がそう告げると、彼女は瞳を伏せて短く答えた。
まあ、これは王族の身内での問題だ。あまり首を突っ込むものではないのだろう。今のところは、な。
「む、なんの話をしてたのじゃ?」
俺とクロエの元へやって来て、ルミナはこてっと首を傾げた。
「ま、大した話はしてねぇよ」
「怪しいのう.......」
「それより、王都に着いたから俺たちの契約は終わりだな」
「そーね。とりあえず、おつかれってことで」
キリカもやって来て、涼しげにそういった。
「うむ。一時的とはいえ、世話になったな!おかげで無事に帰ることができた!」
「報酬は後ほど。また、これもポイントに加算されますので」
「ポイント.......?ああ、これってクエスト外だけど人類へ貢献したことになんのか」
「十分なり得るかと」
「ありがたいね。そろそろFランクも抜けたかったし」
「そうだな。つっても、俺が弱いせいでお前は上がれなかったんだけどな.......」
俺は万年Fランクにふさわしい実力だったが、キリカは違う。才能も実力もFランクに留まっていていい器ではない。
「そういうの、いいっこなしっしょ?あたしは好きであんたと一緒にいたんだから」
「え?あ、お、おう.......」
そういう言い方をされると、自然と頬が紅潮してしまう。
俺が変に言葉に詰まったのをキリカは不審に思っていたが、その内その意味に気づき、彼女も頬を赤らめながら慌て始めた。
「いや、好きっていうのは──!」
「いや、わ、わかってるわかってる。」
「そ、そう?う、うん、なら、まあ、いいけど.......」
しどもどろになりながらも何とか言葉を紡ぐ。気まずい空気が流れ、互いに視線を合わせられない。前までは別にそんなことを意識することはなかったが、今はなんだか過敏になっている。昨日の夜、色々話して吹っ切れたからか.......?
などと考えていると、クロエがコホンと一つ咳払いをした。
「ルミナ様。いつまでもここに居ては通行の邪魔になります。そろそろ行きましょう」
「うむ、そうだな」
ルミナは一つ頷くと、太陽にも負けないほど眩しい笑顔でこちらに手を振った。
「ではな、ユーリスにキリカ!必ずまた会おう!」
「お、おう」
「元気で.......」
そうして、ルミナとクロエは城の中へと入っていった。
それを十分に見届けたあと、俺はキリカに向き直る。
「じゃあ、これからどうするか」
キリカはうーんと唸りながら、ぽつりとつぶやく。
「とりあえず、ギルドにでも行ってみる?一応、洞窟の調査のクエスト、どうなってるかわかんないじゃん?」
「あー、まあそうだな」
あのクエストの最中に俺は奈落に落とされ、キリカもその場を離れたため、どうなっているのかわからずじまいだった。
「じゃ、ギルド行くか」
「んー」
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