第12話 第一王女 4
「そう言えばお前、こんな森の中でなにしてるんだ?」
「余か?余はな、旅に出ておるのじゃ」
「旅?」
俺がオウム返しすると、ルミナは脇に置いてあったキャンバスをこちらに見せてきた。
そこには美しい山々と、雅な丘が描かれていた。繊細なタッチで描かれており、色合いも鮮やかだった。
思わずその絵に意識を奪われそうになる。キリカも俺と同様に視線が釘付けとなり、クロエは誇らしげに笑みを深めた。
「どうじゃ、この絵は」
「ああ.......。めちゃくちゃ綺麗だと思うけど」
「うん、すごいね、これ」
「おお、そうか!もっと褒めよ!」
「褒める.......?」
「ん?なんじゃ?」
「まさか、これ、お前が描いたのか?」
「そうじゃ」
「ええ!マジか!」
普通に驚いてしまった。絵画の価値もセンスも分からないが、これが相応の魅力が詰まったものだということはわかる。なぜなら、こんな絵にさして興味が無い素人でさえ、心を動かされたのだから。
「すごいね、ルミナ」
「ふふ、そうじゃろそうじゃろ?」
彼女は心底嬉しそうに、にししと笑った。
「てことは、この絵を描きに来たってことか」
「正解じゃ。余は昔からこうして絵を描くのが好きでな。度々王都を出ては、景観をこうしてキャンバスに残しておるのじゃ」
「へー。だからこんな場所にいたのか。荷台の食料とかも?」
「うむ。泊まりがけで遠出することも多い故、常に生活必需品は引いているのだ」
「そういうことか」
様々な疑問が一気に氷解した。と同時に、別の疑問が湧いてくる。こいつは先程、自分は第一王女だと言った。俺のイメージだと、王女は常に城にいて、王と共に公務やら貴族との会談やらに勤しんでいる印象だった。
けど、ルミナの話しによるとあまり王都にいることも無く、かと言って外交をしているわけでもないように聞こえる。
それに、王族にしては護衛が手薄に思えた。騎士達は下位のジョブであり、戦闘経験をそれほど積んでいるようにも見えない。給仕の彼女は確かに手練だが、腕に覚えのある人間をもう少し連れていた方が、不測の事態に対応できると思うが───。
と、俺が一人で思考を巡らしていると、キリカが問いを投げかけた。
「それで、クロエ達はこれからどこに行こうとしてたん?」
「私達はルミナ様の絵が完成したゆえ、王都に帰還しようと考えております」
「そなた達は?これからどうするつもりだったのじゃ?」
「あー.......と」
そう問われ、俺とキリカはお互いに瞳を見合わせる。これからどうするべきか。正直、明確な答えは思いつかなかった。
しかし、現状を考えれば、自ずと答えは絞られていく。
そんな俺の考えを察してか、キリカが言葉を紡いだ。
「あたしらも王都に行こうと思う」
キリカはチラリとこちらに視線を向け、いいよね?と問いかけてくる。それに対し、俺も一つ頷いた。
「そうか!余達と一緒か!」
ひとまず落ち着ける場所に行き、体勢を整えたい。これが王都に向かう選択をした理由だ。ここに留まっていても、きっと前に進めないから。
「ならば、この馬車に乗っていくか?」
「え、いいのか?」
正直、期待をしていなかったわけではなかったが、こんなあっさりと提案してくれるとは思わなかった。馬車なら疲労も溜まらず、徒歩で行くより遥かに早く着くだろう。
俺が礼を告げようとすると、クロエが拒絶のオーラを放ちながら言い放つ。
「お待ちください、ルミナ様。何故そのような馬車屋の真似事を私達がしなければならないんですか?そもそも、私はお二方のことを完全に信用した訳ではありません」
絶対零度の視線に晒され、自然と身が強ばっていく。
「危険な人物かもしれません。ここで承諾する訳には────」
しかし、そんな冷徹な従者とは違い、主はあっけらかんとした様子で告げた。
「まあまあ、よいではないか。旅は道連れというしの」
クロエは若干身を乗り出しながら抗議の姿勢を見せる。
「なっ、本気で言っているんですか、ルミナ様.......!」
「本気じゃ。こんな森の中で二人を彷徨わせるわけにはいかぬ!それに、先ほどのような不測の事態が起こらぬとも限らぬし、戦力は多い方が良いじゃろ。そうと決まれば、ユーリスにキリカよ!」
「ん?」
「なに?」
「王都まで余の従者として雇われぬか?報酬は弾むぞ!」
「それぐらいならお安い御用だ」
「おけー」
「よし、決定じゃー!」
ぬははー!とルミナは陽気な笑い声を響かせた。そんなルミナに対し、クロエは呆気にとらわれたあと、額を抑えてガックリと肩を落とした。
「そう落ち込むでない、クロエよ」
「元気だせって」
「いや、あたしらのせいでこうなってるんだけどね.......」
ルミナは他人事のように励ましていたが、不意に声のトーンを淑やかなものに変えて言い放った。
「大丈夫じゃ。万が一のことがあっても、そなたは余のことを守ってくれるのであろう?」
ルミナが素朴な笑みを浮かべながら問いかけると、彼女は顔を上げ、大きく首肯した。
「もちろんです、ルミナ様」
「なら安心じゃ。ユーリス達がなにやら不穏な動きを見せたなら、脳天を撃ち抜いてよいぞ」
ルミナの物騒な許可が出ると、彼女は冷酷な視線を俺とキリカ、特に俺に突き刺してきた。
「はい。必ずや」
「え、めっちゃ怖っ」
これは、気をつけた方がいいな.......。
俺は一つ咳払いをしてその瞳から強引に逃れようと、話題を振った。
「で、ここから王都までどれくらいかかるんだ?」
俺が問うと、ひとまずクロエは殺意を収めて応えてくれた。
「今日を合わせて二日ほどです」
「あー.......。え?二日もかかんのか?」
俺が小首を捻ると、クロエは脇に置いてあった地図を広げて見せてくれた。その地図上には赤い線が引かれており、クロエはその線の中央地点辺りを指さした。
「現在の位置はここです」
その場所から王都までを見やると、確かにそれなりの距離がある。
洞窟までは徒歩だがかなりの距離があった。加えて最初に俺たちが入った洞窟の入口から、先ほど俺とキリカだけで出てきた洞窟の出口は対極の位置にある。
「あたしら、ほぼ横断してたんだ」
そもそも洞窟の入口までが遠かったのに、横断して反対側に出てしまっていたようだ。そう考えると、王都までのこの道の長さも合点がいく。
しかし、その地図の赤い線には違和感があった。確かにそれなりに整備された道を通るようにはなっているが、明らかに遠回りになっている箇所もある。
「なあ、この赤い線って順路なんだろ?」
「そうです」
「でも、こっちのルートを通った方が普通に近くないか?」
そう言って俺は別の道を指さした。しかし、クロエは首を緩く横に振った。
「いえ。この線に沿って移動します」
クロエは言外に『順路は絶対に外れない』と告げていた。
なんでだ?なにか理由でもあるのか?と、また新たな疑問が増えたが、この様子だと答えてくれそうにもない。それに、このルートでも普通に歩くよりは断然早く着く。
なら、素直に首肯しておいた方が懸命だ。
「わかった」
「それでは、騎士達が目覚めたら少し進みましょう。そして本格的に日が沈んできたら、安全地で野宿としましょう」
「うむ!余はなんだか楽しくなってきたぞ!王都までよろしく頼むぞ、ユーリス達よ!」
「ああ」
「まかしとき」
こうして、王族と思わぬ出会いを果たしてしまった。
そして、この出会いこそが俺の運命の歯車の一部となっているとは、知る由もなかった────。
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