第11話 第一王女 3

 俺達はひとまず騎士達を割と広いスペースがある御者の席に並んで寝かせた。


 その後、クロエに言われるがまま馬車の後ろにつけられている荷台へと向かった。そこでクロエは汚れきった俺とキリカの服を慮って変えの着替えを貸してくれた。

 にしてもこの荷台、着替え以外にも寝具や食料、その他様々なものを積んでいる。それはまるで行商人のようだった。


 それに微かな違和感を覚えつつも、服の着替えに取り掛かる。その間、ルミナとクロエの会話が耳に入ってきた。


「今更ながら、先ほどは不覚を取ってしまい、本当に申し訳ありませんでした。一歩間違えれば、ルミナ様の身が───」


「良いのじゃ、クロエ。そなたも夜間の見張りや長旅で疲れが溜まっておったのじゃろ?気にするでない」


「その言い分はまかり通りません。ルミナ様に仕え、お守りするのが私の務め。処分は、なんなりと」


「気にするなといっておろうに.......。相変わらず頭が固いのう」


 ルミナのため息が耳に届く。クロエの言葉には形式ばったものはない。おそらく全て本心で言っているのだろう。それに、俺達に対するあの警戒心も、ルミナの身の安全を考えた上のもの。クロエの忠誠心の凄まじさには素直に感服する。


 そんなことを考えていると、ルミナの間延びした声が響いてきた。


「着替えは終わったかー、ユーリス、キリカ〜」


「んー」


「終わったー」


 俺とキリカは木陰から出てきながら返事をした。すると、ルミナは馬車の階段に足をかけながら手招きをする。


「立ち話もなんであろう。中に入るがいい」


「なっ、ルミナ様?!」


 クロエはその言葉に驚愕し、諫めにかかる。


「一庶民が王族の馬車に乗るなどと.......!」


「それぐらいよいではないか。ほら、二人とも来るのじゃ」


 クロエの言葉に耳を傾けず、ルミナは再度手招きした。それに対しクロエは何も言わず、ただ大きくため息をつくだけ。これ以上の話し合いは無意味だと判断したのだろう。


 俺とキリカはとりあえず言われるがまま白き馬車の中へと入っていった。


 俺とキリカは並んで座り、対面にルミナとクロエが座った。


「改めて、助かったぞ、キリカにユーリスよ」


「それはこっちも同じだ。傷を治してもらったんだしな」


 俺の言葉にキリカも一つ頷いた。そんな俺たちに、ルミナは少し興奮気味に言葉を投げかける。


「それにしてもすごかったな、キリカのナイフは!こう、ズバズバっと蛇達の首を飛ばして!」


「まあ、初歩のスキルだけどね」


「それでも凄かったのじゃ!そしてユーリスは、ユーリスは.............。そういえば、そなたは何をしたんじゃ?」


 ルミナは純新無垢な瞳でこてっと首をかしげた。瞬間、クロエの視線が鋭くなる。


「明確にはわかりませんが、あの時一瞬、蛇達の動きが完全に停止しました。あれは、あなたのスキルですか?」


 彼女はさらに訝しみながら言葉を続ける。


「ですが、生物の動きを止めるなどという強力なスキルを持ち合わせているとは到底思えません。なぜならあなたは────無黒インフェリアなのですから」


 クロエはぴしゃりとそう言い放つ。

 すると、隣ではしゃぎ気味だったルミナが「む?」と俺のリングに視線を向ける。そして、素っ頓狂な声をあげて驚愕を顕にしていた。


「のわぁ!本当じゃ!そなた、無黒インフェリアだったのか!」


「いや気づいてなかったんかい」


 俺は思わずツッコミを入れてしまった。出会ってそう経ってないが、リングが剥き出しなので気づいているものだと思っていた。


「どういうことか、説明いただけますか?」


 彼女の心まで見通すような視線が胸に刺さる。ルミナは好奇な眼差しを向け、キリカはじっと答えを待っている。

 ここは、どう答えるべきなのか。どこまで言うべきなのか。

 俺は最大限に思考を巡らしたが、何故かそれを無視して言葉が口をついて出てきた。


「死の淵に立った時に、空間術士っていうジョブが宿ったんだよ」


「空間、術士.......?」


「そう」


「いや、は?どゆこと?」


「それによって使えるようになった空間術が、不可視にして不干渉の『空間』を広げて、その空間内に様々な作用を起こすっていうスキルなんだよ。さっきの蛇を止めたのもそれだ」


 俺は淡々とそう説明した。それを聞いてルミナは脳内に疑問符がてんこ盛りの様子だったが、クロエとキリカは何やら熟考している様子だった。


「確かにそれだったら、目に見えない、しかもかなり離れた位置にいたあいつらの動きを止めたのも合点が行くけど.......」


「しかし、そんなことがありえるのでしょうか。突発的に、しかもそれほど強力なジョブに目覚めるなど」


「だから俺も戸惑ってんだよ。おかげで空間術の扱いがまだよくわかってない」


 俺はそう言って一つため息を漏らした。


無黒インフェリアの症例は依然として極小数ですから、そういうことが起こってもおかしくはありませんが.......。本当だとすれば、歴史を覆すような大発見ですよ」


「よくわからぬが、ユーリスはそんなにすごいやつなのか!」


「かもな〜。あ、でも一応このことは、ここだけの秘密にしてくれねーか」


「なぜです?」


「それは.......。あれだ、今まで無黒インフェリアってバカにしてきたやつをギャフンとさせるためだよ」


「ですが、このことを報告すればジョブやスキルの研究に大きな革新を起こすことに───」


「その内報告する。だから、少し待ってくれ」


 俺がそう頼むと、ルミナの方がクロエに言葉を投げかけてくれた。


「ユーリスがそう言うのならば、それで良いではないか」


「..........はい、承知しました」


 クロエはそう言って頷くが、こちらへの警戒心を再度強めたように感じる。まあ、それは当然だろう。得体の知れない存在が、さらにその能力について口外するなと言っているのだ。警戒をするなという方がどうかしている。

 しかし、銃口を向けられるほどではないのが救いだった。


「でもようするに、もう無能なんて呼ばれる人間じゃなくなったってことっしょ?」


 俺の隣で、キリカがそう問いてきた。


「まあ、そうなるな」


「良かったじゃん」


 彼女は自分の事のように嬉しそうに頬を緩めた。そんな表情を見ただけで、こちらの口角も自然と上がってしまう。


 しかし、その胸中では違和感がとぐろを巻いていた。


 ────この時、なぜ空間術について口外するなと言ったのか。それは、別に周りのやつを見返そうという理由ではない。俺の能力が広く知れ渡って、俺の正体に勘づく者が表れないようにという理由だ。

 また、なぜ前世の記憶について言わなかったのかと問われれば、『シェレン・ブラッド』という存在が明確に現代にいるということを知られないためだ。

 ではなぜ、そのようにしたのか。それは、俺にもわからなかった。頭の中で、無意識にストッパーがかかったのだ。まるで、禁忌のように。


 ───俺は、自分の正体を知った。かつてこの世界を治めた四天ヴィクティムの一人、シェレン・ブラッド。それこそが生前の俺であり、その全てを受け継いで生まれた転生者が、ユーリス・スウェイドだ。そこまではわかる。


 しかし、他のほとんどの記憶や情報が抜け落ちていた。前世で、俺は何をしていたのか。誰といたのか。四天ヴィクティムってのは、具体的になんなのか。なぜ俺は新たに転生しようと思ったのか。そして、なぜストッパーがかかったのか。


 わからないことだらけだった。


 これは、当面の間は自らを知ることが目的となるだろう。


 そう確信した俺は、現時点ではそのストッパーに従うことにした。

 そしてひとまずその話題を打ち切ろうと、他の話しをルミナに振った。


「そう言えば、お前らはなんでこんな森の中にいるんだ?」

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