第7話 ここから始まる

 また、この声だ。いつも聞いていたような、初めて聞いたような、そんな声。


 お前、こんなところで死ぬつもりか?


 .......しょうがないよ。僕なんかじゃ、抗えないんだから。


 このまま死んで、お前は満足なのか?


 え.......?


 お前をバカにしてた奴らは、今も呑気に高笑いしてんだろうな。

 お前の死を願った女は、性悪な男と熱いベーゼでも交わしてるはずだ。


 ...............。


 そんで、何の罪もないお前は、そんな奴らに嵌められて命を落とそうとしている。悔しくねぇのか?腹は立たねぇのか?


 .........もう、いいんだよ。そんなこと。


 じゃあ、質問を変える。生きたいとは、思わねぇのか?


 無駄だよ。僕みたいな無黒インフェリアが生きていたところで、意味なんて.......。






 ───お前は、無黒インフェリアであって、無黒インフェリアじゃねぇんだよ。






 .......?どういう、こと。


 無黒インフェリアっていうのは、リングをつけた際にジョブを与えられなかった奴の総称だ。けど、お前は例外なんだよ。なぜなら、生まれながら───いや、。そりゃ与えられるわけもねぇ。


 僕が、ジョブを.......?


 死の淵に送られることで、掘り起こされた記憶の欠片。その中に、答えがあるはずだ。ていうか、もう薄らと気づいてんだろ?己が何者か。


 僕、は.......。いや、俺は.......?


 お前はユーリス・スウェイドに間違いない。けど、それは紛れもなく『俺』なんだよ。


 .......段々、思い出してきた。俺は何もかもを引き継いで転生したつもりだったんだ。


 そう。だけど、なんかの手違いで記憶が飛んじまってたんだよ。それが、この窮地に拠ってようやく呼び起こされたってわけだ。


 それじゃ、君は、俺は.......。


 気弱なお前も俺だし、こんな軽い口調の俺もお前だ。ようするに、どちらも根っこは同じなんだよ。


 そっか.......。なら、そろそろ元に戻らなきゃね。


 ああ、そうだな。





 ───こっからが俺の、『ユーリス・スウェイド』の物語だ。







♢♢♢






「うらあああ!!!」


 棍棒が振り下ろされる、その刹那。俺はスキルを発動させた。


展開オープン


 不可視にして不干渉の『空間』が、俺の足元を中心に瞬時に広がっていく。

 そして、続けてスキルを発動させる。


停滞ステイ


 発動と同時に、俺の頭部まであと数センチに迫っていた棍棒が唐突に停止した。いや、それだけではない。ゴブリンオーガのあらゆる動作が静止していた。


「な、なんだ、体が.......!」


 ゴブリンオーガは戸惑いを露わにして、冷や汗を一筋伝わせる。そう、これはゴブリンオーガの意思ではない。俺が強制的に動きを止めているのだ。

 停滞ステイとは、空間内の生物の動きを停止させるスキルだ。


「無意識のうちに展開オープンを発動させ遅鈍スロウのスキルを打っていたが、我ながら使い方が下手くそだったな。遅鈍スロウの効果も格段に弱かったし、通常は上位互換の停滞ステイを使う方がいいのにな」


 一人愚痴りながら、俺はよっこらせと立ち上がった。


「それにしても、いいな、この感覚は。十数年もの間付けていた枷が、ようやく外れたんだ。これが本来の俺だ。はっ、ははははは.......!」


 おそらく、未熟な弱者だった時の反動が来ているのだろう。言い知れぬ多幸感と全能感に包まれる。今なら天使の羽根でも生えてきそうだ。


 無能で無力な俺はもういない。ちゃんと、戦える.......!


「貴様、何をしたァ.......!」


 俺が一人でハイになっていると、ゴブリンオーガが上擦った声を響かせてきた。

 そこで少し我に返り、一度呼吸を整えた。


「お前は既に、俺の『空間』に入ってんだよ」


「なんだと....?」


「気づかないのも無理はねぇ。目に見えないし、触れれもしねぇからな」


 俺は口角を上げながら、ゴブリンオーガの顔を見上げた。先程まで余裕綽々の様子だったというのに、今となっては困惑と動揺に満たされている。

 まあ、気持ちはわかる。未知とはすなわち、恐怖だからな。


 俺は棍棒に飛び乗り、そこから徐々に腕へと歩みを進めた。それはもう優雅に。まるで、雑技団が縄の上を歩くかのように。


「空間内は俺の手中であり、俺の世界だ。つまり────。」


 俺はゴブリンオーガの腕の関節あたりまでやってくると、そこから一気に飛び上がり肩に手をかけた。

 そしてそのまま腕に力を入れて、飛び上がるように肩の上に乗った。


「『空間』に入った時点で、お前の負けは決まってたっつーわけだ」


「くっ、人間風情がァァ.......!!」


 ゴブリンオーガは臭い息を撒き散らしながら、こちらを睨めつけてきた。しかし、それ以上の反抗は出来そうにもない。


 俺はポケットに手を突っ込んだまま、オーガの顔の横までやってくる。


「勝手にお前の住処に立ち入ったのは悪かったけどよー。俺も来たくて来たんじゃねぇんだわ。それに、食われるのもマジ勘弁。だからとりあえず、お前は寝とけ」


「な、何をするつもりだ.......?」


 ゴブリンオーガは瞳を揺らがせ、警戒色をだす。

 対して俺は、笑みを浮かべながら軽く足を振りかぶった。


「蹴り、だと?そんなもので俺を倒せると思っているのか.......!」


「それはどうかな。───歯ぁ食いしばれよ」


 俺はゴブリンオーガの頬を片足で蹴り飛ばした。それと同時に、停滞ステイを解除。そして、新たなスキルを使用する。


増幅インクリース


 瞬間、ゴブリンオーガの頬は口の中へとめり込み、顔全体が歪曲する。それだけで衝撃は止まらず、ゴブリンオーガの体そのものを吹き飛ばし、壁へと凄まじい勢いで激突させた。

 洞窟全体が震動し、パラパラと小石が降ってくる。

 増幅インクリース。空間内で発生した衝撃を何倍にも大きくすることが出来る。


「よっと」


 俺は軽快に着地し、ゴブリンオーガの容態を確認する。

 ゴブリンオーガは壁に体半分を沈みこませ、腕を力なくぶらつかせている。その瞳は白目を向いており、生気が感じられない。


「ありゃ、意識失ってるか、最悪死んでんな。まあいいけど」


 俺は、ん〜とそこで伸びをした。久々に使うと、結構疲れる。空間術は魔力を消費しないが、代わりに高度な思考力と精神力が求められる。

 こんな激しく消耗した状態で使うようなものでは無い。


「ていうか、これからどうすっかな〜。まずは────」


 そこで、言葉は途切れてしまった。代わりに嫌なものが込み上げてきて、それを地面にそのまま吐き出す。

 すると、地面に真っ赤な水溜まりが出来た。一瞬なんなのか理解できなかったが、すぐに察して手のひらをポンと打った。


「ああ、そうだ。俺割りと重傷だったんだ」


 先程まではドーパミンドバドバで気づかなかったが、いざそれを目の当たりにしてみると、内臓の気持ち悪さと抉られるような痛覚が舞い戻ってきた。

 まあまあヤベーな、これ。


「けど、んなこと言ってらんねーな」


 俺は再び、『空間』を展開した。



 彼の者の名は、ユーリス・スウェイド。それに間違いはない。しかし、彼は時を越えた転生者だった。その真名を、シェレン・ブラッド。


 世界を統括せし、四天ヴィクティムが一人───。最強の、空間術士だった。






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