第2話 想い

 僕の名前は、ユーリス・スウェイド。遥か東の田舎村で育った男だ。

 僕は、昔から気弱で軟弱者だった。その上、無黒インフェリアだと判明してからはさらにその貧弱な精神が増長し、些細なことですぐに自信を失くして涙を流していた。

 そんな僕を慰め、励ましてくれたのは、同じ村に住む幼馴染、リィナ・レイレルだった。活発で心優しい彼女は、僕と違って凄く輝いていた。そんなリィナの存在は僕の中で次第に大きくなり、いつしかかけがえのない人となっていった。そう、生まれて出会ってからずっと、僕は彼女に憧れていたんだと思う。


 そんな彼女からある日、王都に行って冒険者にならないかと誘われた。無黒インフェリアの僕はその誘いを最初は断っていたが、リィナに「どうしてもユーリスと一緒に冒険者になりたいの!」と懇願されたので、結局僕もリィナと一緒に冒険者となった。


 ギルドに登録を済ませてからは、軽いクエストをこなす日々が一週間ほど続いた。

 その後、槍を携えた少年とギルドで出会った。彼はソロだったようで、ぜひパーティーに入れて欲しいと頼まれた。僕もリィナも戦力が増えるのは大歓迎だったので、快く受け入れた。その少年が、ロット・ウロイスだったのだ。


 それから間もなく。ギルドに絶世の美少女が現れたということで、人だかりが出来ていた。

 その中心にいた金髪の少女は、確かに他で類を見ないほどの美しさを持っていた。しかし、当人はうんざりした顔で人混みを鬱陶しそうにしていた。そんな時、不意に僕と彼女の目が合った。そして、彼女は僕の腕を掴んでこう言った。


「あたし、もうこのパーティーに入ってるから」


 と。本人はその場しのぎの出任せのつもりだったのだろう。実際、僕達もそう思っていたのだが、試しに一度一緒にクエストへ行ってから、自然とパーティーの仲間になっていった。旅は道連れ、というやつなのだろう。彼女の名は、キリカ・ティリエルといった。


 こうしてパーティーが出来上がって、一ヶ月ほどの月日が経った。

 今まではそれなりに仲良くやれていた、はずなのだが。ロットはここ最近、日を増す事に僕への鬱憤が溜まって、罵詈雑言をぶつけてくることが多くなった。元々僕に対していい感情を持っていないのはわかっていたけど、ここまで露骨に嫌悪感をさらけ出すことはなかった。

 そこから何となく、パーティーの雰囲気に歪なものを感じ始めた。みんなが何を考え、何を想っているのか、察することも出来なくなってしまったのだ。


 一体、この先どうなってしまうのだろう。僕は借家の屋上でそんなことを考えながら、夜空を見上げていた。散りばめられた星屑達は燦々と輝き、夜の闇を薄めていく。吹き抜ける夜風に僅かに身震いし、捲っていた袖を戻した。


「はぁ.......」


 深く息をつく。思考が目まぐるしく回り、鬱々とした感情がとぐろを巻く。

 なんで、僕は無黒インフェリアなのだろう。僕が普通にジョブを授かれば、こんな悩みも露と消え去るのだろうか。

 わからない。どれだけ考えても、答えなどありはしない。そもそも、そんなの意味の無いイフだ。現状は、変わらないのだから。

 僕は再度、肺の空気を押し出した。


「ため息をつくと、幸せが逃げるわよ」


 優しい声が聞こえて、僕は緩く振り返る。そこには、寝間着を来た幼馴染が立っていた。


「また考え事?」


「うん.......」


 リィナは僕の横に立ち、星空を見上げた。


「あんまり抱え込んじゃダメよ」


「それは、わかってるんだけどね」


無黒インフェリアって言うのは、確かに大きなハンデかもしれない。それでも、ユーリスはここまでやって来たじゃない」


「それは、みんなが強いからだよ。リィナも、キリカも、ロットも.......。僕は、何もしてない。むしろ、僕がいるから、今もFランクなんだよ」


 冒険者には、S〜Fのランクが設定されている。それは、人類への貢献度。つまり、こなしたクエストの難易度や数、またクエスト外でも脅威の排除をした場合にギルドにポイント化され、それが規定値を超えればランクが上がるというものになっている。

 ランクが上がれば当然、周りの見る目も変わるし受けれるクエストは増える。そして、国からの保障や待遇も良くなるのだ。


 冒険者なら当然、ランクを上げることが目標になる。しかし、みんなはクエストの難易度が適正より低いものを意図的に選んでくれている。それをコツコツこなすだけでは効率が悪く、Fランクも中々抜け出せないと、わかっているのに。

 原因は、僕だ。僕も頑張って鍛えてはいるけど、単純な膂力で魔族に勝るほどではない。つまり、自衛手段が無いに等しいのだ。

 だから、万が一が無いように、最大限の余裕を持てるクエストしか受けない。これはキリカとリィナが提案してくれたことだ。ロットはひどく反対していたが、今は渋々受け入れている。

 とてもありがたいことだとは思っているけど、その気遣いが余計に、僕の前に現実というものを突きつける。


 この現状を主観的に見ても、客観的に見ても、僕がみんなの足を引っ張っているのは明白だった。


「僕は、やっぱり───」


「ユーリス!」


 僕の言葉を遮って、リィナの強い声音が響く。


「僕はダメだとか、僕なんかとか、思っちゃダメだよ」


「リィナ.......」


「優しくて、仲間想いで、誰よりもみんなの安全を考えている。それは、ユーリスの立派な長所よ。そんなあなたに、私は何度も救われたわ。だから、自信を持ちなさい。あんたは、強い人よ」


 リィナの暖かく、美麗な言葉達が、心の闇を雪いでいく。

 言葉とは、何を話したかではなく、誰が話したかによって印象や感情への訴えは変わってくる。誰よりも、もしかしたら僕よりも僕のことを知っている彼女の言葉だからこそ、こんなにも胸に染み渡っていくのだろう。


 視界がぼんやりと膜を張る。ああ、情けない。また、彼女の前で涙を流してしまった。

 僕は涙を袖で拭い、鼻をスンと鳴らしたあと、何とか言葉を紡いだ。


「ありがとう、リィナ。いつも、君に励まされてばかりだ」


「いいのよ。これくらい」


 彼女はこちらに優しく微笑みかけたのち、再度星空に視線を移す。

 リィナの瞳には、星の川が流れている。それは、普通に星空を眺めるよりもずっと綺麗で、魅力的だった。瞳に吸い込まれそう、とはこのことなのだろう。


 その目に、その顔に、その姿に。僕は何度心を奪われたことか。.......いや、過去形じゃない。こうしている今も、心を奪われている。胸の中に、彼女がいる。


「ねえ、ユーリス」


「なに?」


「..............」


「.......?」


 思わず首を傾げた。呼びかけに続く言葉が聞こえなかったから。

 僕が疑問符を立てていると、彼女は一度目を伏せる。そして、浅く息を吐いたあと、体ごとこちらに向き直った。


「ユーリスは、なんで一緒に冒険者になってくれたの?」


「なんで、って。リィナが誘ってくれたから」


「でも、あまり乗り気じゃなかったじゃない?それでも来てくれたのは、なんで?」


 彼女は儚げに瞳を細めて、問いを投げてきた。

 僕は、言葉に詰まる。質問の意図が読めなかった。そんな表情で、そんな問いをされても、どう答えれば───。


「私がしつこく誘うから仕方なく?それとも、私一人で行かせるのが不安だったから?───それとも、他に理由があったの?」


 彼女は、薄く笑みを浮かべた。触れたら壊れてしまいそうな、不安定な表情。しかし、瞳はしかと俺の目を捉えて逃さない。


 自然と動悸が激しくなり、胸の奥が締め付けられる。体中の体温は急激に上昇し、耳まで熱くなる。


 なぜ、彼女と一緒に冒険者になったのか。無黒インフェリアなのに。足でまといになるとわかっていたのに。


 それでも、彼女の頼みを聞いたのは、なぜだ?





 ───君は危なっかしいところがあるし、心配だったんだ。

 ───君にあそこまで頼まれたから、断りづらかったんだ。

 ───君には今までお世話になったから、何とか役に立って恩返しをしたかったんだ。






 ...........違う。どれも本質では無い。どれだけ最もらしい言葉を飾り付けても、意味が無い。たぶん、彼女はそんなことを聞いているんじゃない。


 言うんだ。自分の本当の気持ちを。シンプルに、素直に、伝えるんだ。


 僕は意を決して口を開いた。


「僕は、君のことが.......!」


「うん」


「.....す.......す.............」


「..............」






「────凄く、尊敬していたんだ!」






 迷い、悩んだ末に、意志を固めたはずだった。そんな僕の口をついて出たのは、そんな戯言だった。


「だから、そんな君の活躍を、一番近くで見ていたかったんだ」


 きっと、今の僕は道化師のような表情をしているのだろう。実に滑稽で、薄汚い。


「...........そっか」


 リィナに涙は無い。しかし、まるで彼女は泣いているようだった。そう幻視するほど、彼女はひどく悲しげな表情を浮かべていた。


 だが、それも一瞬だった。彼女はすぐにぱっと明るい笑顔を咲かせた。それは、昔から見ていた笑顔に相違ない。


「ありがとう、ユーリス」


「う、うん.......」


 彼女の瞳を見ることは、出来ない。全身から力が抜けていく。


「───リィナ」


 屋上の扉を見やると、そこにはロットの姿があった。


「話しがある」


「.........わかった」


 リィナはロットの呼び掛けに首肯すると、僕にヒラヒラと手を振ってきた。


「じゃあ、また明日。おやすみ、ユーリス」


「うん。おやすみ」


 リィナは僕に背を向け、ロットと共に屋上を後にしていった。


 僕はそれを見届けたあと、天上の星空を見やる。先程と変わり映えのしない、綺麗な星々。けど、今はそれらがひどく眩しく感じ、思わず視線を逸らした。


 ごめん。ごめんね、リィナ。まだ僕に、そんな勇気はないんだ。けど、きっといつか伝えるから。





 ───僕は、君のことが好きだと。



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