第3話 嫌な予感

 翌日。ロットとリィナはクエストを受けてくると言って、ギルドに向かった。

 その帰りを、僕とキリカは借家の玄関前で待っていた。


「ちょい、ユーリス」


「なに?」


「今朝、なんか二人おかしくなかった?特にリィナ」


 彼女は僅かに眉根をよせながら、そんな問いを投げてきた。

 僕は今朝の二人を思い返してみるが、変わった様子はなかったように思う。強いていえば、少しリィナが余所余所しかったように見えたが、違和感と呼ぶには本当に些細なものだ。


「僕は何も感じなかったけど」


「.......あ、そう。なら、別にいいんだけど」


 彼女はそう言うが、依然として表情の翳りは消えない。

 どうしたんだろう、キリカ.......。と、一人首を傾げていた時。遠くから声が響いてきた。


「おーい!」


 手を大きく振る、派手な服を着た男が一人。そしてその隣には、大柄でスキンヘッドの男が並んで歩いていた。どちらも、見知らぬ人だ。

 僕が疑問符を浮かべたのも束の間。そのすぐ後ろに、ロットとリィナの姿を見つけた。


 四人が僕達の元へやって来ると、まず派手な服を来た男が口を開いた。


「どーも初めまして。俺はジェイロ。隣のこいつはゴードって言うんだ」


「よろしくな」


 意気揚々と挨拶をするジェイロとゴード。二人は、ロットの友人なのだろうか.......?

 とりあえず挨拶をされたのだから、こちらも返さねば。


「初めまして、僕は───」


「君がキリカちゃんか!やっぱめちゃくちゃ可愛いね!」


 僕の言葉など軽く聞き流し、キリカへと一歩詰め寄る。


「ああ。こんな上玉、見たことがねぇぜ」


「あ?」


 キリカは心底不快そうに、眉をひん曲げる。しかし、そんなものはお構い無しに男達は言葉を投げかける。


「リィナちゃんも美人だけど、こっちはこっちで特上だな〜」


「良かったら今夜、食事にでも行かないか?いい店を知ってるんだ」


 舐るような視線と、粘つくような声音がキリカに降りかかる。当の本人は嫌悪感丸出しの表情をしていると言うのに、男達のアプローチは止まらない。


「まあとりあえず話しでもしようよ」


「絶対悪いようにはしないって」


「...........!いい加減に──!」


 キリカが激昴を露わにする、その刹那。


「あのッ!」


 僕はキリカと男達の間に強引に割って入った。これ以上は、さすがに見てられない。


「キリカが嫌がっているので、やめていただけませんか?」


「ユーリス.......」


 すると、男達の顔は一気に曇り、目を細める。


「あ?邪魔すんじゃねぇよてめぇ。さっさとどけ」


「それは出来ません」


「んだと......?」


 頭に血が上って行くゴードとは対照的に、ジェイロは「あー」と何か納得したように頷き、薄ら笑いを浮かべながら鼻を鳴らす。


「お前が無黒インフェリアか。話しはロットからちょこちょこ聞いてるぜ。役立たずで無能のくせにパーティーに居座る乞食野郎だってな」


 ジェイロがそう言うと、ゴードは僕のリングに視線を移す。すると、天を仰ぎながら大笑いし始めた。


「はーはっはっはっは!本当にいるんだな、無黒インフェリアってのは。希少な劣等民族じゃねぇか」


「.......!」


 男達の下卑た笑声と罵声に、僕は歯噛みした。しかし、それ以上に怒りを纏っていたのは、キリカだった。彼女はまるで狼のような鋭い表情を浮かべ、体を憤怒に震わせていた。

 今にでも懐のナイフで斬りかかりそうなキリカを、僕は手を広げて静止した。


「キリカ、落ち着いて」


「けど──!」


「まずは、話しを聞こう」


 僕は男達から視線を外し、パーティーの仲間であるロットに話しを振った。


「これは一体どういうこと、ロット?」


「そいつらは最近酒場で仲良くなった奴らでな。今日はこの六人でクエストに行こうと思う」


「六人で.......?」


「ああ。いい加減、俺達もFランクから上がりたいだろ?だから、新メンバーを入れようってことだ」


「は?こんなちゃらんぽらんと一緒に行動しろっての?」


「ああ、そうだ」


 ロットは軽く微笑みながら、平然と告げてきた。


「僕達は、そんなこと聞いてないよ」


「てめぇみてぇな雑魚に意見する権利なんかねぇんだよ。それに、このパーティーのリーダーであるリィナが承諾したんだ。文句は言わせねーよ」


「リィナが.......?」


 先ほどから俯きがちで、言葉を発していない彼女に目をやる。

 リィナはこちらを一瞥することもなく、そのまま緩く頷いた。


「戦力が増える分には、いいかなって」


 口調は弱々しく、どこか意思がこもってないように感じる。しかし、そんな違和感を問いただす間もなく、ロットが言葉を畳み掛ける。


「つーわけだ。ほら、とっとと行くぞ。日が暮れちまう」


 そう言うと、ロットとリィナがそそくさと歩き始めてしまう。まるでこちらの意見を聞こうともしない。ロットはいつも強引なところがあったけど、ここまで身勝手なのは初めてだ。それに、リィナの様子も気になる。


「んで、どうする、ユーリス?」


「.......とりあえず、行こう。何か考えがあるのかもしれない」


「ん、わかった」


 キリカは二つ返事でそう応えてくれた。彼女は思慮深く、他人の心情に聡い部分がある。そんなキリカが一緒にいてくれるのは、心強い。


「そんじゃ、一緒に行こう?キリカちゃん」


「エスコートしてやるよ」


 男達は尚も懲りずにキリカに近づこうとする。そこでキリカは僕の腕を掴みながら、鋭い目付きで二人をめつけた。


「半径5メートル以内立ち入り禁止」


「あらら〜。嫌われちゃったな」


「まあいいさ。時間の問題だ」


 そう言って、ジェイロとゴードはロット達の後に続いた。

 なんだか、嫌な予感がする。けど、このままここに留まっている訳にもいかない。僕は迷いなく、けど慎重に足を進めた。


「ユーリス。あんまあたしから離れないで」


「.......わかった」







♢♢♢






 ロットが受けたクエストの内容は、ある洞窟の調査だった。

 最近、多くのゴブリンがこの洞窟を出入りしているらしい。そこで、その内部構造、及び生息するゴブリンの種類の報告。そして可能であれば住処の壊滅をするのが目的だそうだ。


 僕達は薄暗い洞窟の中を、ランタンを持ちながら進んでいく。道中、ゴブリン達に出くわしたりもしたが、特に苦戦はしなかった。

 それも、二人のメンバーが加わったおかげだろう。中位のリングをつけるジェイロとゴード。ジェイロは剣を振るい、ゴードは巨体を生かした怪力でゴブリンを圧倒する。

 二人には、確かな実力があった。そしてますます、僕の無能っぷりが浮き出てきた。

 ユーリスという男の、存在意義。存在価値。それらがいつにも増してグラつき始め、崩壊寸前だった。




 本当に僕は、ここにいていいいのだろうか。




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