そういえば俺、最強の『空間術士』だったわ。〜幼馴染は寝取られ、その上裏切られて殺されかけたので、もうテキトーに生きていこうと思う〜

@root0

第一部 序章 思い出せ

第1話 無黒

 時折、声が聞こえる。


 聞き慣れたような、聞き覚えのないような、そんな声が。




 ────天上天下天地天変。


 天より上に天はあらず。天より下に天はあらず。空も大地も、等しく移り変わるもの。しかして、天の存在は移ろわぬ。


 眺入り、統制し、計りに乗せるは天の役目。


 天は願う。見果てぬ世界の顕現を。終わりなき運命の歯車を。

 そして、唱えるのだ。常世全てに悠久の時を与えん────。





 いつの日か、思い出せ。俺が、俺であることを。 







♢♢♢






「来るぞ!」

「備えて!」


 猛勢のまま突貫してくるそれは、ゴブリンの群れ。数で言えば十数匹。各々棍棒などの武器を持ちながら、瞳を血走らせている。

 相対するは、四人のパーティー。槍使いの男、ダガーナイフを持つ少女、トンガリハットに杖を携えた少女。

 ───そして、手ぶらで弱気な少年。


「行くぞ!」


 各々応戦のため、得物を構え始める。僕はその一歩後ろから、魔力を込めてスキルを発動させた。


遅鈍スロウ!」


 僕が放ったスキルはゴブリン達の体に纏わりつき、僅かに行動を鈍らせる。そう、これが僕に与えられた、唯一無二のスキルなのだ。


回旋斬サークルスラスト

双槍撃ツインランス.......!」

火球フレア!」


 そうしてゴブリン達が鈍った刹那、パーティーの仲間達はスキルで迎え撃った。ゴブリンとの激しい攻防を、命の削り合いを、鮮血が舞う戦闘を、僕は緊張の面持ちで見守った。ゴクリと唾を飲み、仲間達の身を憂う。

 しかし、そんな心配も杞憂に終わった。仲間達は傷一つ負うことなく、ゴブリン達の命を散らしていった。

 そして、ゴブリン達の数も勢いも衰えていき、戦闘が収束に向かっていく。


 その瞬間───。


「グギャア!!!」


 思わず体がビクッと跳ねる。パーティーの攻撃を掻い潜った一匹のゴブリンが、こちらに猛突進してきたのだ。


「う、うわああ!!!」


 僕はすぐに身を引こうとしたが、木の根っこにつまづいて転んでしまった。

 引き潮のように、血の気がサァっと引いていく。ゴブリンはすぐそこまで来ている。


 殺される.......!


 ゴブリンは飛び上がり、僕の頭蓋に向けて棍棒を振り下ろす。瞬間、恐怖に目を閉じた。


 ...........しかし、痛みも衝撃も訪れることはなかった。


「.......え?」


 代わりに頬に鮮血が当たり、僕のすぐ横に何かが落下した。

 恐る恐る瞳を開けて落下地点を見やると、頭蓋にナイフが突き刺さったゴブリンが、うつ伏せに倒れている。


「たす、かった.......?」


 ゴブリンが絶命したのを確認すると、ほっと息をつく。危なかった.......。


「大丈夫?!」


 そんな僕の元へ、颯爽と駆けつけてくる少女が一人。彼女は幼馴染であり、同じパーティーに所属しているリィナだ。

 彼女は赤い髪を揺らしながら、不安げな表情でこちらを覗き込んでくる。

 顔が、近い。ガラス玉のようなその瞳に、思わず視線が釘付けになりそうだった。

 僕は頬が紅潮するのを感じ、リィナから不意に視線を逸らす。


「う、うん、大丈夫だよ」


「良かった〜」


 彼女はほっと胸を撫で下ろし、表情を弛緩させた。やっぱり、可愛いな.......などと場違いな感想を抱いてるところで、残りの二人もやってきた。

 美しき少女はゴブリンに刺さったナイフを引き抜き、レザーシースに納めた。ゴブリンを討伐してくれたのは、彼女だ。


「ありがとう、キリカ。死んじゃうかと思ったよ」


「別に、礼とかいーよ」


 彼女は特に表情を変えることもなく、そう告げた。碧く透き通った瞳が、僕の姿を捉える。なんだか、少しキリカの機嫌が悪いような.......?

 そんなことを思っていると、舌打ちと共に本当に機嫌が悪そうな男が声を上げた。


「ったく、無黒インフェリアなんだから、もっと周りを警戒しろよ」


 短髪で槍を携えている青年、ロット。彼はうんざりしたようにため息をついた。


「ほんとお前は役立たずだな。自覚あんのか?あ?」


「ご、ごめん.......」


「ちょっと、その言い方はないんじゃない?」


 僕が素直に頭を下げると、リィナが語調を強めて反論してくれた。


「またそいつを庇うのか、リィナ」


「当然よ!ユーリスだって頑張ってるんだから、そんなに責めることないでしょ!」


「頑張ってる、だと?いいか、俺が欲しいのは結果なんだよ。こいつは無黒インフェリアで、どう考えても足手まといだろうが!」


 ロットはヒートアップして、さらに言葉を捲し立てる。


遅鈍スロウだって雀の涙程度だ。あってもなくてもかわりはしねぇ。その上、こいつが成長する見込みもねぇ。落ちこぼれに落ちこぼれって言って、何が悪ぃんだよ!こいつのせいで俺達は未だにFランクをさまよってんだろうがッ!!」


「..............」


 悔しさに歯噛みするが、返す言葉もなかった。


 僕の視線は、自然と自身のリングへと移る。この腕輪は10の歳になった時に王国より支給され、装着するように義務づけられているものである。これを付けることにより、自身にランダムにジョブというものが授けられる。

 ジョブとは、その人間が生きる指針となり、習得できるスキルを確定するものである。ジョブが『剣士』なら剣を用いるスキルが、ジョブが『回復術士』なら傷や病を治すスキルを習得することが出来る。

 人々はそんなジョブスキルを磨き、極めていくことで、己の生きる道を定めている。


 そのジョブにも、ランクというものがある。腕輪にはめ込まれた石が赤なら上位、黄色なら中位、青なら下位のジョブが備わっていることを表している。同じ『剣士』でも上位と下位では習得できるスキルの種類も、スキルを獲得するまでの練度も違う。こればっかりは、才能と言わざるを得ない。


 このパーティーで言えば、キリカは上位の『短剣使い』、リィナは中位の『火炎術士』、ロットは中位の『槍兵』。


 そして、僕は『無黒インフェリア』だ。無黒インフェリアとは、ジョブを与えられなかった者の総称である。リングの石が黒く光っていることが特徴だ。

 無黒インフェリアは基本的にスキルを習得することができず、習得したとしてもその効力はあまりにも矮小なものである。位置づけとしては、下位のジョブよりも遥かに劣っており、基本的に落ちこぼれ、劣等種、人間以下の烙印が押される。


 それが、僕だ。だから、ロットにいくら罵られようと、そこに反論の余地は無いのだ。


「ユーリスの機転のおかげで、切り抜けた局面も何度もあったでしょ......!」


 しかし、そんな僕の前に立ち、リィナは厳然とした態度でロットに真っ向から反抗してくれた。その瞳には、強い意志が宿っている。僕なんかよりずっと強く、気高い意志が。


「はっ!それもこいつに実力があればもっと楽に切り抜けられたもんばっかじゃねぇか」


 そう吐き捨てて、ロットは僕達の脇を通り過ぎていった。


 結局、僕自身は何も言葉を発せないままだった。否定も肯定も、感情論すらも、ぶつけることは出来なかった。本当に、情けない。

 僕の心に黒い影が蔓延り始める。視線も下がっていき、いつの間にか立ち上がることすら忘れていた。


 しかし、そんな僕に手を差し伸べてくれるのが、彼女だった。


「ほら、俯いてないで立ちなさい?」


「.......うん、ありがとう」


 僕は何とか笑顔を作り、彼女の手を取った。


 ───その時だった。


「ひっ.......!」


 リィナは小さな悲鳴を上げて、僕の手を払ったのだ。

 一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。僕はただ呆然と、彼女を見やる。

 瞳は不自然に揺れ動き、呼吸も乱れている。表情が示すのは、動揺、驚愕、そして、恐怖だった。

 なぜ、そんな顔をしているのか。僕は、知らぬ内に何か嫌われることをしてしまったのだろうか。


 言い知れぬ不安に駆られ、時が止まったかのように僕とリィナは見つめ合っていた。


 そんな気味の悪い時間は、ある少女によって打ち切られた。


「ん」


 行き場を失っていた僕の腕を掴み取り、体を起こしてくれたのは、キリカだった。


「ほら、土付いてるよ」


 キリカはそのまま僕の背中についた土や葉っぱを払って落としてくれた。


「あ、ありがとう.......」


「あんたはちょいちょい鈍臭いんだから、気ぃつけな」


 キリカはふっ、と軽く微笑んだ。それを見ていたリィナは、若干気まずそうな笑顔を浮かべた。


「ご、ごめんね、ユーリス。私、ちょっと調子が悪くて.......」


「いや、大丈夫だよ.......」


「ほんと、ロットの言葉は気にしなくていいからね?ユーリスは十分パーティーに貢献してるし、仲間として大切に思ってるから!」


 リィナはそう言い切ると、「ちょっと待ちなさいよ、ロット!」と言いながら、ロットの後を追っていった。


 取り残された僕は、その後ろ姿を見やる。


「リィナ、どうしたんだろ.......」


 独り言のように、ぽつりと呟いた。リィナのあんな表情、見たことがない。いやでも、確かに最近は暗い表情をすることが多かったような気がする。

 考えすぎかな、と一人憂いていると、不意にぽんと肩を叩かれた。


「これだけは言っとく」


「キリカ.......?」


あんたが必要だし、支えてあげたいと思ってるよ」


 キリカはこちらを見ず、ロットとリィナの背中を見ながらそう語った。どこか言葉に違和感を覚えるけど、そう言ってくれるのは素直に嬉しかった。


「ありがとう、キリカ」


 僕が微笑みながらそう告げると、彼女は不意に顔を逸らした。なんだか、耳が赤いような気がするが.......。


「.......とりあえず、あたし達も行こう」


「あ、うん」


 そうして、僕達も帰路についた。





 この時に、もっと深く考えて置けばよかったのだ。それぞれの想いを───。

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