ドライブ⑦

「いや、ネットの情報だと、こういう財布ってダサいそうです」

「それをさっき、女の人から笑われたと?」

「そうです」はっきりと、駆は言った。

「さっきのコンビニ、レジに並んでたの私たちだけだったよ? 思い出してみてよ。列を作っていた私と駆くんの他に、レジ前にあったアイスクリームの棚を挟んだ横とか誰もいなかったじゃない。確かに笑い声は聞こえたけど、女の人たちは、雑誌のところにいたわよ?」

「そうでしたっけ?」

「だからその財布を見て笑ったんじゃないんじゃないの?」

 どうにも被害妄想が強い気がした。他者からそう言われてしまうと、自分への劣等感を募らせているだけのような気もする。

「駆くんて、自分のことどう思ってる?」

 自分のこと……。早苗からそう質問されて、このあとの会話が、今度こそ自分主体のどうしようもない会話になってしまうような気がした。それでも話せというなら話そう。駆は自然と次の言葉を紡ぎだした。

「ダメなやつだなって、思います」

「どうダメなの?」

「服もダサいですし、デブですし、仕事ができないですし、無職ですし……、上げるといろいろ出てきますね」

「服がダサくて、太っていて、仕事ができなくて、無職な自分をダメなやつだと……」

 早苗はそう述べたあと、一弾指間をおいた。そしてまた語り始めた。

「まあ、仕事ができなかったり、無職なのは何とかしないといけないけどね。働かなきゃ食っていけないんだから……。でも、太っていたり、服がダサかったりって言うのは、別に罪でもなんでもないんじゃない?」

「いや、でも、他人からはよく指摘されるんですよ。町を歩いていたりすると、聞こえてくるんですが。……それも幻聴かもしれないんですけどね。境目がわからないんです」

「駆くんて、他人から認められようとして、生きているタイプ?」

「そうかもしれないですね。他人からどう見られているか気にしないと、自分が出来上がらないんじゃないかと……」

「そう思わなくてもいいんじゃない?」

「そうですか?」

「私が思うのは、結局そういう考え方が、被害妄想だったり、悪口を過剰に気にしてしまったりしている原因なんじゃないかなって思うのよ」

 他人からどう思われているか――。

 そういった物差しで自分を推し量るのは、早苗のいう通り危険なことだった。

 自分自身の内側から生じた、自分への見方ならば、自らの意思ということに信憑性がある。しかし、他人から承認されてもらっているという認識は、自分の外側、ましてや、見えない他人の心を頼りにしてしまっているため、信憑性が希薄となり、それだと、ずっと自分のことをわからないまま、認めてもらっている気がしたり、認めてもらっていないのではないか、などという疑心が際限なく生じてしまう。

「自分を自分で認めてみたら?」

「いいんですかね、そんなことして……」

「いいのよ」早苗ははっきりと言った。

「太っていることも、服がダサいことも、別に自分の人生を決定付ける一因にはならないわ。自分はダサい、太っている、それでいいのよ。他人にとやかく言われようが、自分は自分なんだと……。それがありのままなんていう決まり文句のような言葉の意味だと思うわ」

 自分を認める……。それで本当にいいのだろうか?

 駆は仄かにそうかもしれないと思った。そんなことぐらい自分中心であっても、誰も不快にはならないのではないか?

 駆はそう思いつつ、早苗にはこう伝えてみた。

「そもそも、僕が他人の意見を気にしすぎてしまう理由って、自己中かどうかっていう部分があるんですよ」

 自己中? と早苗は呟く。駆は続けた。

「他人の意見を尊重するっていうか。だって何か言ってくる他人様って、僕の容姿に不快感があって、だから言ってくるわけですよね?」

「だと思う」

「それなら、そう気づかせてくれているようにも僕には思えて……。先生もさっき言ってましたけど。他人が悪口で教えてくれているって考え方もありっちゃありなんじゃないかと」

「さっきは否定してたけど……」

 ええ、と安易に感情をあらわにしてしまったことを後悔しつつ、

「これは錯覚かもしれませんが、街中で誰か一人に言われると、往来の全員の人がそう思ってるって考えてしまうんです。そうすると、あ、自分今恥かいてるな……って。世間的に見てダサいんであれば、直した方がいいのかなって思うんですね。そうなるともう次の考え方って、無意識に周りに合わせようとか、合わせなきゃダメなんだ。合わせていない僕はダメなやつなんだって思ってしまうんです。それって昔から言われてきたようなことのような気がして……。周りに合わせることが協調性を強め、結果、皆が幸せになる……。そんな思い込みが僕のどこかに根付いているんです」

 うーん、と早苗は小さく唸り声をあげた。

「そんなの、ペッて吐き捨てちゃえば?」

「はあ」腑に落ちないものがありながら、駆は早苗の言葉に聞き入った。

「通りすがりの人にただ言われてるだけで、仲良くとか、協調性なんてもの求められていないわよ。私の大学時代の友人にも一人いたわ。通りすがりの人にいちいち評価していく人がね。でも、そういう人に限って言うのよ。私なんかの意見なんて聞かなくていい、たいしたことないんだからって。確かに誰とも手を取り合うことは人類の永遠の課題かもしれないけど、そんな道行く人の気まぐれで、駆くんが悩むことなんてないの。合わせられない、協調性がない、だから自分は……なんて思わなくていいのよ。ただ、駆くんのそうした考えって、私からみれば優しさの一つなのかもしれない。その気持ちは大事だと思うわ」

 今まで忌み嫌ってきた、悪口を言う人の意見を、初めて聞いた気がした。

 そうか、そういうものなのか……。

 早苗から聞かされ、自分は間違いなく小さなことを気にしていたのかもしれない、と思わされた。

「その考え方、自分にフィットしてるかもしれないです」

「そ?」と早苗は笑みを浮かべながら、運転を続けていた。


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