第6話 火龍の剣豪

サニア「それにしても、セフィリカさん程勇敢な姫君が怖れる相手って、何者なんでしょうね? ……今は各国の疑心暗鬼を解く事を優先するけれど、その人達もあれを持っているのでしょう?」


セフィリカ「はい。 むしろ、あれ以上の物かも知れません」


ラフィール「何の事?」


まあ、この子にとっては、そうだよね。


聡「簡単に言うと、ここまで来て隠し通す理由って、あの共闘を見ればアスピスの世論が原因とは思えないし、賛同国にも彼女等みたいに好戦的な小型種は居ないから、彼女等の対立勢力が寒いの以上を持っていて皆を巻き込みたくないからと考える方が自然なんだ」


ラフィール「こわいのー! ラフィ、そんなのと関わり合いたくないの!」


聡「争い事を嫌うラフィちゃんやシェリナさんからしたら、きっとそうだよね。

 全く、何でこう世の中には、知らない方が幸せな事が多いんだろうね」


サニア「全くよね。 色んな事を知るのは楽しいけれど、後悔する事も多いからね」


シェリナ「考察勢なのですね♪」


セフィリカ「シェリナさん……ある意味貴女は、最強ですよ。 やりますねえ!」


シェリナ「光栄です♪」


 シェリナさんの底抜けなふところを最強と評価するセフィリカさん。

 僕から見たら、第五魔法と重装備を使えるサニアちゃんの方が強いと思うけれど、やっぱり、自分に無い物を持っている人が強そうに見えるものなんだね。



サニア「それじゃあ、私はそろそろ自国に帰ろうかしら?

 聡さんも、行きましょう」


 あれ、聡さんって言った? いつもは聡お兄ちゃんなのに。

 ……そう意識する事で寂しさを紛らわしていたのだろうね。


聡「そうだね。 各国の疑心暗鬼を解くには、和睦寄りな強国の姫君と動くのが一番だろうし」


ラフィール「お兄ちゃん、またね!」


シェリナ「御主人様、また御会いしましょうね♪」


セフィリカ「聡さん、手間の掛かるお姉さんで、ごめんなさいね。

 また御会いしましょう」


聡「それじゃあ皆、またね」


 僕とサニアちゃんは、彼女等に見送られながらプレシアに帰国した。

 理由は勿論、アスピスの賛同国を推理するための旅の準備だ。


 御城に戻った僕等は、一先ひとまずソフィアさん達の待つ玉座の間に通された。

 丁度僕等も、サニアちゃんが空けている間先代の彼女に姫君として復帰して貰おうとしていた所だから、倉庫に有る輸送系の魔法具を持ち出す事も含めて、この流れは好都合だ。



ソフィア「聡さん、サニアも良く頑張りましたね。

 本当に、アスピスが主犯だったとは……」


サニア「まずはその事だけれど、セフィリカさんは周辺国と争う気は全くもって無さそうなのよ」


ソフィア「それでは何故、我が国の兵を3割も撤退させる程の威力の有る魔道兵器を作ったのです?」


 厳しい顔をするソフィアさん。

 自国の民が大切な彼女には、当然の反応なのかも知れないね。


サニア「簡潔に言うと、今回の模擬戦で今まで以上の共闘をして見せた彼女等の世論が他国に懐疑的とは思えないし、セフィリカさんが庇った賛同国の可能性が有る二カ国もアスピスとは関係の薄い地域に有る訳だから、私達とは本来無関係な外の世界との対立が有るのでしょうね。

 ……アスピスは移民だし、乱世を嫌って逃げて来たと考えても、違和感は無いし」


ソフィア「そんなに強大な部外者が、本当に居るのですか?」


聡「外の世界の事は僕の方が詳しいので言わせて貰いますが、湖の周辺に居る各国の人々は、この世界の中ではきっと一握りの種族なんです。

 山脈の外側にも、きっと陸地は有りますし」


ソフィア「信じ難い話ですが、異世界育ちの貴男が言うと、とても現実的に聞こえますね」


 良かった。 プレシアは、そう言う意味でも強者だった。

 国力なら、東洋怪異だけれど。



サニア「そう言う事だから、良くも悪くも他国に傍観を決め込んで来たプレシアの姫君の私が各国の疑心暗鬼を解いて回って、全国で共闘をするための足場作りをしようと考えている訳よ」


ソフィア「そう言った御話でしたら、確かにサニアは適任ですね。 それでは、この国の事は私と先代に任せて、貴女達は安心して各国を巡って来なさい」


サニア「ありがとう。 御母様は、やっぱり賢帝ね」


ソフィア「サニア。 姫君は帝王ではないと、何度も言っているではないですか」


サニア「あら? 各国が疑心暗鬼な中での強国の姫君なんて、傍観している皇帝の様な物じゃない」


 流し目をするサニアちゃん。

 ああ、それでこの子は、今の情勢を嫌っているんだね。


ソフィア「やれやれ。 ……聡さん、手間の掛かる娘ですが、どうか重ねて宜しく御願い致しますね」


聡「分かってる。 大好きな、サニアちゃんのためだからね」


サニア「聡お兄ちゃん……」


 真赤になるサニアちゃんと、優しく微笑むソフィアさん。

 対立しても、母娘なんだね。



サニア「それにしても、この状況の中でもアスピスが安泰なのって、皆が良心的だからよね」


 手を繋いで倉庫に向かう中で、これについて先に言及したのは、サニアちゃんの方だった。


聡「確かに、模擬戦の一部始終を知っている人達が皆揃って彼女等に理解を示していなければ、アスピスは全国の敵として怖れられてもおかしくない訳だからね」


サニア「全く、これだから上側の御人好しは」


聡「この場合は、僕等もだけれどね」


サニア「まあ、そうとも言えるわよね」


 強気に微笑む、サニアちゃん。

 僕等が同じ結論に納得しつつ倉庫に着くと、この子は一人でその中に入った。

 流石に、御城の倉庫や宝物庫には機密が多いよね。



サニア「これが、輸送系の魔法具の風珠かざたまよ」


 この子は、そう言って25cm位の折り畳まれた魔法具を取って来た。

 伸縮性なのかな?


聡「東洋怪異産なんだね。 名前からして、古風な日本語だし」


サニア「そこは分かるわよね。 でも、これは予想できるかしら?

 水属性・第一補助魔法!」


 彼女が唱えると、ボフンッ!

 という分かり易い音と共に、これは大きく広がり浮いて見せた!

 黄緑色の中心は球状に膨らんでいるけれど……角は茶色の外壁みたいになっていて硬そうだね。



聡「熱を閉じ込める事で膨らんで浮くなんて、気球みたいだね。

 あれは操作が難しいけれど」


サニア「あら、聡お兄ちゃんの世界にも有ったのね。

 それでも、これはとっても御手軽よ」


 その言葉と共に、この魔法具は廊下の壁に当たる事無く、程良い速さで左右に往復してみせる。


聡「高性能って、最高だね! これ、凄過ぎるよ!」


サニア「私が言おうとした事、先に言われちゃった♪」


聡「本当に、双子みたいに気が合うよね」


サニア「本当にそうよね♪

 それじゃあ、早速この風珠かざたまに長旅に役立ちそうな物を入れるけれど、聡お兄ちゃんは庭園か私の隣の御部屋に居るシャンナと一緒に、日用品の準備をして来てね」


聡「分かった。 御部屋も隣なんて、本当に良いお姉さんだよね」


サニア「シャンナですもの。

 乱世じゃないし、重いから連れて行けないのが残念よね」


 シャンナさんが重い?

 あの長身だとこの子の1.6倍は有る筈だけれど、コストの方だよね。

 確かに、火水氷が軽い魔法具だけで済む上に、食料の劣化も穏やかなら魔力の実に重い材質の容器も要らない割に、積載量は軽量な気球だけれど……足を延ばしにくくなるという意味合いも有るのだろうね。 何せこの世界の言葉のニュアンスだし。



 僕が庭園から探すと、例の美人は直に見付かった。

 シャンナさんは、白い椅子に腰掛けて庭園を眺めつつ、優美にハーブティーらしい御茶を飲んでいる。 やっぱり、御花とか好きなんだね。


シャンナ「あら、戻られていたのですね。 いつ見ても、可愛いのですね♪」


聡「シャンナさん、それむしろ僕の台詞なんだけれど」


シャンナ「私の方が大きいのに、御上手なのですね♪」


聡「ねえシャンナさん、唐突なんだけれど、僕に付き合ってくれないかな?」


 言い終わると、彼女は甘ったるい瞳で僕の顔を覗き込む。

 そう言えば、付き合うには恋人になるっていう意味も有ったよね。


シャンナ「聡さん、そう言った御話でしたら、これからは御主人様と呼ばせて下さいね♪」


聡「確かに正妻がサニアちゃんなら、あの子のメイドさんから見た僕は御主人様の筈だけれど、もっと正確な言い方が有ったね。

 良かったら、あの子との旅の準備を手伝って貰いたいんだ」



シャンナ「あら、そう言う事でしたか。

 ですが、御主人様とは呼ばせて頂けるのですね」


聡「何だか嬉しいんだ。 美人なシャンナさんに、そう言って貰えると」


シャンナ「そんなに御上手だと、私も本当に我慢ができなくなってしまうかも知れませんよ? それに、貴男にさえ求めて頂ければ私はいつでも合意なんですからね♪」


 クスクスと微笑みながら、サラッと凄い事を言ってみせるシャンナさん。

 ……魅力凄いな。


聡「勿論僕もシャンナさんには興味が有るけれど、僕が出発する前に側室になったら一人で居るのが辛くならない?

 後できっと御嫁さんに迎え入れるから、今は我慢してね」


シャンナ「分かりました♪

 本当に、お姉ちゃん目線で女性を大切にできる御方なのですね」


 僕は、満足気に微笑む彼女と共に、あの子との二人旅の準備を始めた。



 一時間後、荷物を纏め終えたサニアちゃんは、達成感に満ちた御顔で僕の方に振り向いた。


サニア「ふう……こんな物かしらね」


聡「魔力の実以外にも、色んな物を持ち出したよね。 大丈夫かな?」


サニア「大丈夫よ。 余ったら返せば良いし、問題無いわ。

 シャンナも、ありがとうね」


シャンナ「サニア様のためですからね。 ですが、本当に下側に向かうですか?」


サニア「そうだけれど、今回はロリポップさんに手伝って貰って、スノードロップは避けるわ」


 スノードロップって、そんなに厳しい種族なのかな?

 僕は一旦考察モードに入る。



 この世界の中での中堅国家以上は、右側の東洋怪異、左上のプレシア、下側のサラマンダー、左側の下寄りのスノードロップの四カ国と教わったけれど、今まで他国を傍観して来たプレシアと、皆から疑念の眼を向けられている事から大きくは動けない東洋怪異を除くと、武力統一が可能な国は隣国の規模を考えると奇襲ができた場合のスノードロップだけだから、警戒は必要だね。


 また、彼女等の目線で考えると、東洋怪異が動きにくいのは周知の事実としても、プレシアが傍観を決め込んでいる理由は不明瞭だから、隣の小型種の連立国に攻め込まないサラマンダーよりもプレシアの方が危険と考えている可能性は大いに有る。


 もしもプレシアが東洋怪異側に攻め始めたら、周辺国が彼女等を止められるかどうかはスノードロップの援軍の早さによる訳だし。

 もしかしたら、1000年以上前の戦争は、プレシア対スノードロップだったのかも知れないね。 名前だけ見ると、セイレーンみたいな人達にも思えるけれど。



サニア「聡お兄ちゃん、難しい顔をしてどうしたの?」


聡「スノードロップについて、少し考えていたんだ。

 始めて連絡を取った時にあの国に居たロリポップちゃんとは仲が良いみたいだけれど、そんなに好戦的な国なのかなって」


サニア「御互いに、強力な隣国として意識し合っているだけよ。

 どちらも自分に素直だし」


聡「緊張感の有る、外交なんだね」


サニア「何だか、聡お兄ちゃんが、シェリナさんに見えたわ」


シャンナ「御主人様も、柔和ですからね♪」


サニア「それでも、あの国に興味が有るのなら、後でロリポップさんと二人だけで行ってみると良いわね。

 小型種の連立国って、セイレーンみたいに比較的どこの国とも仲が良いし」


聡「やっぱり、あの子達は良い子なんだね。 隣国が強大だから、仲良くせざる負えないのも有ると思うけれど、それ以上に皆のために頑張っていそうだよね」


サニア「そうね。 もしもシュクレがアスピスの賛同者だったら、きっとそう言う意味よね」



 敢えてここでプリバドと言わない辺りは……優しさよりも強さなこの子なりの性分なんだろうね。


 僕等は、本当のお姉さんの様に微笑むシャンナさんと共に昼食を摂ると、この子の見立てでは絶対に来ているらしいロリポップちゃんに会うべく湖に向かった。

 あの子も模擬戦に大きく貢献したし、好奇心も強いからその後の状勢を聞きに来るのは当然な様にも思える。

 折角有る風珠を使わない理由は無いとこれに乗って向かうと、例の幼女はやはり湖で待っていた。


ロリポップ「あっ、サニアちゃん! 珍しい物に乗っているのね!」


サニア「これから彼との二人旅だからね。 とっても長いデートコースでしょう?」


ロリポップ「凄いのー♪ やっぱり、プレシアは考える事が違うの」


サニア「そこでだけれど、私達をサラマンダーの国まで運んでくれないかしら?

 通行料は、魔力の実で作ったプレシアの御菓子と、私の御土産話でどうかしら?」



 この子は、感心するロリポップちゃんに水色の小箱を渡す。

 きっと氷属性だし、アイスかな?


ロリポップ「わあい! プレシアのアイスなの♪

 サニアちゃん、ありがとうね!」


 何でだろう? こうして見ていると、小さい女の子も魅力的に思える。

 僕等は、全身で嬉しさを表現するこの子が乗るミックスフロートに、風珠を連れて乗り込んだ。

 膨らませた風珠って普段は勿論浮いているけれど置いておく事もできるんだよね。

 シュクレの姫君は、早速一本の棒アイスを取り出すと、嬉しそうにしゃぶり付く。


ロリポップ「んむ、ちゅむる、ちゅむる、ちゅぱ!

 えっ、お兄ちゃん、どうしたの?」


聡「いや、絵的に凄いなと思って。 美味しそうで、何よりだけれど」


ロリポップ「そうなの! これ、とってもおいしいの♪

 ちゅぱ、あむ、ちゅむ、ちゅま!」


 幼女が、白くて長い棒アイスを舐めてる……何だか、欲求不満になりそうだよ。


サニア「あら、聡お兄ちゃんも欲しかったの? それじゃあ、はい」


 何も知らない様子で、アイスをくれるサニアちゃん。

 まあ、少女ならそう思うよね。


聡「ありがとう。 ……これ、凄く美味しい!

 僕等の世界に大箱のが有ったら、即買いだよ!」


ロリポップ「お兄ちゃんも、アイスが好きなのね!

 それじゃあ、シュクレに来ると良いの♪」


サニア「どの道、サラマンダーの国の後に向かう予定だから、二人とも安心してね」


 アイスで意気投合した僕等と、流し目のサニアちゃん。

 これだと、この子の方が年上みたいだね。



 ミックスフロートで6時間程移動する中で模擬戦やアスピスの賛同国、姫君の日常について話していると、サニアちゃんは僕の事を盛って伝える物だから、ロリポップちゃんもすっかりそれを真に受けて、何時いつしか御話は僕へのインタビューの様になっていた。


ロリポップ「それと、これは本当に聞いてみたかった事なんだけれど、お兄ちゃんは種族の特徴としてはどの国が好きなの?

 やっぱり、皆と仲良くしていて優しいセイレーンさん?」


サニア「それは私も気に成るわね。 素直に答えて良いからね」


 興味津々な二人。 僕は、少しだけ考えると、簡潔に答える事にした。


聡「プリバドが気に成るけれど、今の所フェアリーが一番かな。

 御両親と一緒に暮らせないラフィちゃんの事を皆が支えてあげているのを見ると、僕も応援したくなるからね」



サニア「プリバドとフェアリーとは、恐れ入ったわ……」


ロリポップ「それでも、あの子達が好きな理由も、シュクレの皆と似ているのね」


サニア「確かに聡お兄ちゃんは、色々とあの子達に似ているわね」


ロリポップ「後、サニアちゃんにも♪」


聡「生まれ育った世界が違うのに、不思議だよね。

 共通点が有るとすれば、愛情が大きくて、物事の筋を通す所かな?」


サニア「確かに、セイレーンや他の小型種は共存意識だし、サラマンダーや東洋怪異はかなり芯が強いからね。

 スノードロップとアスピスも強さ寄りだし、納得できたわ」


 僕も、サニアちゃんと義理の兄妹以上に気が合う理由に、やっと納得ができた。



ロリポップ「ところでお兄ちゃんは、アスピスの賛同国が分かったらどうするの?」


 不安気に聞く、ロリポップちゃん。

 どちらかと言うと愛情寄りなこの子には、どこかの一国が全国から睨まれる状況を人事には思えないんだね。

 僕も、この子は部外者と思いたいし。


聡「ロリポップちゃん、安心して。

 僕も、アスピスが怖がられる様な状況は避けたいからね。

 まずは彼女等の事を皆に理解して貰ってから、その上でセフィリカさんの口から全てを話して貰うよ」


サニア「道徳的には、それが最善ね。

 でも、それで話さない場合は私にも考えが有るけれど」


ロリポップ「サニアちゃん、こわいのー!」


 ああ、これ以上は藪蛇やぶへびだね。

 この子も、ラフィちゃんみたいになっているし。



 陸地を見渡しながら三人で話していたからか、長過ぎる移動時間も思っていたより早く感じた。


ロリポップ「それじゃあ、またねー!」


 手を振りながら、横方向に遠ざかるロリポップちゃん。

 本当に、もう到着したんだよね。


サニア「それじゃあ、行きましょうか。 屈強な姫君の元へ」


聡「やっぱり、ドラゴンアームの使い手なの?」


サニア「使い手も何も、この国の姫君は龍剣道の達人よ。

 オリハルコンランスの元になったフェンリルを考案したのもスノードロップだし、左側の三カ国は本当に強者揃いよね」


聡「スノードロップも、凄いんだね。

 シェリナさんの御話では、器用な人達みたいだけれど」


サニア「芸術展でのライバルの認識なんでしょう。

 私達から見たら、むしろ魔道格闘種よ」


聡「シェリナさん……情報偏り過ぎだよ」



 僕等の世界で例えると、薙刀使いの女性が国民の大半を占めている第二の芸術国家なんだね。 最も、サニアちゃんにも強国を意識し過ぎな所が有るから、偏見も有るかも知れないけれど。


 隣国を怖がりながらも、風珠を連れてサラマンダーの国に入ると、そこはやはり温泉地だった。 国民の殆どが、持手側に対して奥側が3/4の太さで先端が尖った黒剣を差しているのは想定の範囲内としても、石造りの西洋的な街並みの中には、チェスの様な看板の温泉宿も建っている。

 治安は誇りの表れとしても、この看板、どうして兜の女性が真剣な面持ちで向かい合っている絵なんだろう?


聡「皆が強いのは予想していたけれど、ここの温泉宿って、変わった看板だよね」


サニア「これはね、御湯に浸かりながら、皆で全国を碁盤に見立てた戦術ゲームをするのよ」


聡「いやそれ、戦闘ガチ勢過ぎでしょ!

 明らかに、シュクレとかも戦闘に巻き込んでるよね」


サニア「そう言う御国柄だからね。

 普段は堅実だけれど、戦うと豪快なのがサラマンダーなのよ。

 流石にこの街の中では、風珠になんて乗れないわよね」


聡「皆に怪しまれそうだからね。

 こんな強国が居て、良く全国統一をされなかったね」


サニア「属性や魔力でプレシアやスノードロップの方が有利なのと、あの見た目でも小型種に優しい豪傑な姫君の御蔭ね」


聡「僕が初めて降り立ったのが、左下の二カ国じゃなくて良かったよ」


 あの花の名前を冠している国には、もっと女性的な人々を期待したい所だけれど。


サニア「本当に、湖様々よね。 降り立つ場所が選べるなんて」


聡「本当に、高性能な湖だよね」



 模擬戦が早朝で短期決戦だったから夕方までに着けた訳だけれど、僕等が先を急ぐ様に街中を進んで行くと、御城には意外と直に辿り着いた。

 左右の中間の湖寄りな位置に、御城を建てたんだね。

 この人達、伊達に大きい訳じゃ無いね。


サラマンダー兵「その魔法剣は、プレシアの姫君ですね。

 ルベライト様に、謁見でしょうか?」


サニア「そうだけれど、やっぱり剣で見分けるのね。 衛兵が優秀だと助かるわ」


サラマンダー兵「光栄です」


 僕等は、露骨に強そうな衛兵に招かれて、赤を基調とした玉座の間に通された。

 風珠は、部屋の角に浮かせておく。

 実はこれ、かなりの高度まで浮き上がるんだよね。


聡「えっと、姫君はどこかな?

 強そうな近衛兵しか居ない様に見えるんだけれど」


サニア「居るじゃない。 真ん中の一番奥よ」



 この子が言う方を見遣ると、極太片手剣の打突型ドラゴンアームと、腕盾の先端が突撃剣になった衛兵達の盾の大型版を装備した、近接系最強と言った雰囲気の赤黒い鎧姿の女性が居た。

 外見は女性だけれど、何だか姫君と言うよりもファンタジーの強キャラだね。


聡「正に、最も尖っている赤の宝石だね。 それじゃあ、もう少し前に進もうか」


サニア「そうね。 ……ルベライトさん、御久し振りね」


ルベライト「サニアさん、御久し振りです。 龍剣道は、上達しましたか?」


 やっぱり、そこを聞いて来るんだ。 姫君なのに鎧姿って、凄い人だな。


サニア「そうね……氷魔法が脅威だから、今は大剣よりも、水属性の補助魔法を練習しようと思っている所よ。 あれは第三魔法でも回復系と相性が良いし」


ルベライト「手堅いな。 流石は、総合力最強のプレシアの姫君です。

 ところで、ロッド・オブ・ピアースを持っている隣の女性は、どなたですか?」


 やっぱり、彼女から見たらセイレーンローブの僕(握力30kg)は女性にしか見えないよね。

 僕は、少しだけこの世界の種族の特徴を考えてから、素直に打ち明ける事にした。


聡「信じ難いとは思いますが、僕は志方聡って言う名前の人間、つまり異世界の出身なんです。 それと、確かに小柄ですが、どちらかと言うと僕は中型種の男性です」



ルベライト「……中型種の女性でもなければ説明が付かないと思ったら、異世界の出身でしたか。 私は、ルベライト=キーネスト。

 この国の姫君ですが、むしろ剣豪の方が似合いますよね」


 彼女は、そう言って苦笑する。 どんなに強くても、やっぱり心は女性なんだね。


サニア「随分とあっさり信じるのね。

 私は、初めて湖に彼が映った時はとても驚いたのだけれど」


 その言葉を聞いたルベライトさんは、今までの姫君とは大分違う、男性的な笑みを浮かべる。


ルベライト「そりゃあ、細かい整合性なんて気にしないわ。

 豪快に行くのがサラマンダーよ!」


 ああ、この人、強くて良いヤツだ。

 サニアちゃんも、かなり芯が強いって言っていたし。



ルベライト「ところで、龍剣道の修行って訳では無いのなら、外交の話ですよね」


サニア「そうね。 こんな御時勢だし、もしもスノードロップが他国に侵攻を始めたら、一緒に止めて貰える様に共闘関係を築きたいと思っているのよ」


ルベライト「全く、スノードロップと言い、プレシアと言い強国の割に豪快さが足りないな。 二カ国して同じ事を頼みに来るなんて、少し時勢を悲観し過ぎなのではないですか?」


サニア「スノードロップも、プレシアが怖いのね……」


 はっ、とした様子で驚く、サニアちゃん。 これは、良い情報を聞けたね。


ルベライト「そりゃあ、そうでしょう?

 貴女方と戦って勝てるのは、東洋怪異だけですよ」


サニア「普通に戦ったら確かにそうだけれど、どうやら氷属性を怖がり過ぎていたみたいね。 ……この分だと、スノードロップよりも東洋怪異の方が疑わしいわね」



 そうだろうか?

 もしも前者が和睦寄りだったら、抑止力として協力する事は十分有り得る。

 違った視点での助言もして貰いたいから、この子には敢えて言わないでおこう。


ルベライト「何の事だ? まあ、それらの二カ国のどちらが脅威になっても、やる事は同じですが」


サニア「昨今の魔法具の過剰生産疑惑、あれに加担している国の話よ。

 東洋怪異も結構色々な物を作っているからね」


ルベライト「大国が疑われるのは道理だが……私達は、魔法具よりも龍剣道です」


聡「そうですね。

 だからこそ、安心してこの国に入って、素直に話す事ができました」


 火龍の姫君は、納得した様子で考え込むと、したり顔で微笑んだ。

 何か、ひらめいたみたいだね。



ルベライト「聡さんは、中々の知略家ですね。

 東洋怪異にタクティカをしに行けば、きっと武略として気に入られる筈です。

 こう言うのを、あれでは偵察と呼ぶのでしたっけ?」


 多分タクティカって、世界地図を碁盤に見立てたこの国の戦術ゲームの事だよね。


サニア「それは私も考えていた事なのよ。 それじゃあ、良い収穫が有ったし……」


ルベライト「まあ、そう焦られるな。

 ここは一つ、龍剣がどれ程の物か、聡さんに見て貰おうでは有りませんか。

 タクティカをする上でも、これは重要な情報になる筈ですよ」


 クールなサニアちゃんに対して、彼女はとても大らかだ。

 対比するなら正に水と炎だけれど、僕等は水と光を併せ持っている訳だから、炎とも合うみたいだね。


聡「確かにそれは気に成るし、サニアちゃんも見て行こうよ」


サニア「そうね。

 そこまで一刻を争う訳では無いし、御土産を渡すのは後にしましょうか」


ルベライト「決まりですね。 それでは、彼等向けに軽食の準備をなさい。

 演武の舞台は、踊り場の壇上が良いでしょう」


サラマンダー兵「はっ! 直ちに御準備致します」


サニア「純粋な物理攻撃だけなら私達よりも強力だから、今の内に心の準備をしておきなさい」


 僕は、満足気に微笑むサニアちゃんにも、大型種としての威厳を感じた。



サラマンダー兵「そこだ、レフトファング!」


聡「これ、龍剣道って言う名前の、格闘技だよね?」


 演武を見た僕の第一声は、この一言だった。

 それ以前に、この人達強過ぎるよ!

 一般的な剣技って、遠めに構えて斜めに振り合うと、次は返し切りや鍔迫り合いの筈だけれど、この人達はレフトファングの盾殴りで剣を弾き合うと、その刃を前に向けたまま右手の剣で突撃を繰り出しつつ左腕を防御の構えに切り替える。

 つまり、殆ど大剣と盾を持ちながら、両手が武器みたいな物なんだ。

 しかも突打でアーマー貫通凄いし、彼女等って本当に亜人?


サニア「驚いたみたいね。

 プレシアだと、これに近い物理攻撃に魔法が加わるのだけれど」


聡「折れ易そうなロッド・オブ・ピアースが、戦闘には適さないと言われる訳だね」


サニア「全くね。 本当は、私もその剣を気に入っているのだけれど」


 僕等が、魔力の実で作られたと思われる赤くて弾力の有るパンを食べながら演武を眺めていると、やはり例の最強さんが加わった。

 気持ちが落ち着くまで、辛そうなスープは飲まないでおこう。


ルベライト「それでは、私が魔法剣をお見せします。 火属性・第四攻撃魔法!」


聡「大丈夫なの!?

 第四攻撃の魔法剣って、身代わり石が一瞬で無くなり掛ける威力だよ」


サニア「まあ、演武なんだから大丈夫でしょうね。

 貫通魔法でも炎同士なら通りは悪いし、流石に手加減はするでしょう。

 受ける側の体力も、フェアリーとは大違いだし」


聡「心配だから、光属性・第二回復魔法」



 僕が衛兵に回復魔法を唱えると、ルベライトさんは驚いて振り返った。

 横を向いても左からの攻撃に対しては鉄壁なんだね。

 衛兵達も、回復魔法には驚いている。


ルベライト「まさか、聡さんも信仰魔法の使い手なのですか!?」


サニア「そうよ。 それに、彼は上級魔法も使えるのよ」


聡「そうだね。 例えば、水属性・第四補助魔法。 ロッド・オブ・ピアース!

 こうすると、攻撃魔法を部分的に反射できるんだ。

 その上で、光属性・第四回復魔法!」


ルベライト「驚きました。 二属性の第四魔法だけでなく、魔法剣で補助効果を増幅するとは。 本人の知略を加味すると、かなり戦略の幅が広がりそうですね」


聡「確かに広がるけれど、僕は戦いとか苦手だし怪我はしないでね。

 水属性・第一補助魔法」


ルベライト「それでは、攻撃魔法は控えて、龍剣道だけで魅せましょう。

 行きますよ!」


サラマンダー兵「御願いします!」


僕は、冷静にスープを飲むサニアちゃんの傍らで、近接系最強の人達の格闘技の様な剣技を、ただただ驚きながら見詰め続けた。



4~6話の後書き

1~3話が恋愛物で、4~6話が戦闘物と来たら、7~9話には何が来るのでしょうか♪

実際の戦術物で序盤からあんなのが向かって来たら、脇役のヤバいですよ! から戦うか撤退するかの選択肢になる所ですが、次回がどんな内容かはこの先を読んでからの御楽しみです!

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