合コン?当日〈7〉

 ぼくらは門限の午後十時ぎりぎりに、家の近所にいた。

 もうすぐ家に到着してしまう。

 そうしたらこの楽しい時間が終わってしまう。

 いつまでもこのまま二人でいたい。

 こんな気持ちが自分にあったのかと、びっくりした。


「先輩から先に行って下さい」

「どうして?」

「一緒に帰ったら怪しまれてしまうかもしれませんし」

「それは考え過ぎ。

帰りに、偶然一緒に会ったって言えば大丈夫よ」

「そうでしょうか……」

「心配するなら別のことがあるわ」

「何ですか?」

「顔」

「顔?」

「引き締めて。

にやついちゃって、頬、ゆるんじゃってる」

「本当ですか!?」

「分かりやすすぎるよ。私みたいに何でもない顔にしなくちゃ」


 さすがに先輩はクールに、澄ましている。

 先輩の切り替えの速さが、それが少し寂しい……。


「――手も離さなくちゃね」


 繋いだままの手を見た。


「渉くんから離して」

「無理ですっ。先輩からお願いします……」

「一度つないじゃうと、外すタイミングとか難しいよね」

「……はぃ」

「それじゃ、,3、2、1で離そう。いい?」

「はい」

「いくよ? 3、2、1……」


 しかし手は繋がれたまま。


「もう、渉くんってば」

「先輩だって」

「それじゃあ、このまま行っちゃう?」

「家の玄関前までにしましょう!」

「誰か出て来たら大変ね。

今から言い訳考えとく?」

「言い訳なんて。

ぼくが手を繋ぎたいって言ったって言って下さい」

「言い訳する必要ないわ。

行きましょうっ」


 肩を並べて歩き出す。

 思わずつないだ手に力がこめれば、「ぁっ」と先輩が声を漏らす。


「すいません! 痛かったですか?」

「ううん。ちょっとびっくりしただけ。

それにしても、手汗すごいね」

「っ!」


 恥ずかしさのあまり、俯いてしまう。


「そんな気落ちすることじゃないでしょ?」

「……恥ずかし過ぎますから!」

「私は嬉しいよ」

「うれしい?」

「だって渉くんが緊張してくれてるお陰で、私が緊張しなくて済むし」

「先輩も手を繋ぐのに、緊張してたんですか?」

「当然でしょ。

誰とでも手なんて繋ぐ女じゃないんだから。

あなたが家族以外で初めて、よ? 光栄に思ってね」


 先輩は少し頬を赤くして、唇を尖らせた。


(やっぱり先輩は特別なんだ……)


 昼間、倉山さんや佐々木さんたちと話した時以上に、緊張してしまう。

 毎日のように顔を合わせ、話しているはずなのに。


(すごく不思議な気分だ……)


 そして玄関前に到着する。

 あっという間だった。

 見馴れた扉を前に、ぼくらは顔を見合わせる。


「ぼくから離します」


 そしてすごく渋々、手を離す。

 その後も、先輩の手の感触が残っている気がした。


(こんなこと考えるなんて、すごくキモい奴だ……)


「あーあ」

「どうしました?」

「やっぱり手を離すと、名残惜しいなぁって」

「同感です」

「でもまた今度繋げばいいよね。何なら家の中でも」

「!」


 ぼくの返事を待たず、先輩は「ただいま」と扉を開けた。

 すぐに、双葉ちゃんが足音をたてて来た。


「お姉ちゃ……わ、渉さん……?

え、二人で遊んで他の?」

「そこでばったり会ったの」

「……そうなんだ」


 先を歩く先輩についていこうとすると、双葉ちゃんに袖を掴まれた。

 そのまま階段を上がっていく先輩を見送る。


「どうかした? 双葉ちゃん」

「お姉ちゃんと付き合ってる人、見ました?」

「見てないよ。先輩は一人で歩いてたから」

「最低っ」

「どうして?」

「だってこんな遅い時刻で、お姉ちゃん一人だけで帰らせるとかっ。

普通、彼氏だったら家まで送りますよねっ!?」

「そ、そうだね」

「それに見ました?

家を出た時にはしてなかったのに、ネックレスしてたんですよ。

彼氏からのプレゼントですよ!」

「あ、そうなんだ。気付かなかったなぁ……」

「それに、お姉ちゃん、すっごく嬉しそうな顔しちゃって」

「嘘! 普通の顔じゃなかった……?」

「私には分かるんですっ!

すっごく頬が緩んで、目も笑って」

「それだけデートが楽しかったってことなんじゃない?」

「お姉ちゃん、初めての彼氏だから舞い上がってるんですよぉっ。

すごく心配です!

ろくな奴じゃないですよ!

だから渉さんも目を光らせて下さいっ」

「あ、うん、分かった。そうするよ」

「すいません。引き留めてしまって」

「大丈夫」


 二階へ向かうと、「どうだった?」と先輩に声をかけられた。

 どうやら話が終わるのを、二階の廊下で待っていたらしい。


「先輩を一人で帰らせるなんてって怒ってました」

「ふふ。実は違うのにね」

「それから……」

「ん? どうかした?」

「いえ。まあ、ろくな彼氏じゃないらしいですよ。

一人で先輩を帰らせて……」

「ちゃんと送ってくれたのにね」


 先輩は笑顔で、かけたままのネックレスをいじる。


「本当にこれ、ありがとう。すごく気に入ったわ。

大事にするね」


 先輩は部屋に戻っていった。

 ぼくはいつまでも、締まった先輩の扉を見ていた。


 先輩の顔が緩んでいたことを言わなかったのは、胸に秘めておきたかったからだ。


(先輩も本当に楽しんでくれてたんだ!)


 だらしなくニヤニヤしながら、自分の部屋に入った。

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