土曜日のおでかけ〈3〉
メンズ館を離れ、本館の六階へ。
店の色合いはメンズ館と違って、ピンクなどの明るい色がほとんどを占め、中高大生くらいの女の子がほとんど。
(ちょ、ちょっと恥ずかしいな……)
女性客がチラチラと視線を向けてくるのも、肩身が狭い。
「渉くん、どうしたの?」
先輩はニコニコしながら聞いてくる。
明らかに理由が分かっているという顔だ。
「……いえ、なんでも」
「恥ずかしい?」
「ま、まあ」
「そんなことないったら。
あそこにも男の人、いるよ」
「あれ、カップルですよね」
「そうそう。だからカップルで来てるって考えて」
「っ!」
「私たちの選んだ服の感想を聞かせて」
先輩は戸惑うぼくの手を引き、迷う双葉ちゃんを急き立て、店へ向かう。
すかさず店員が近寄ってくるが、先輩はやんわりと断って追い返す。
「双葉。こんなのどう?
色も、好きなんじゃない?」
先輩は、青いワンピースを見せる。
「わ!」
双葉ちゃんが笑顔になった。
(双葉ちゃんの笑顔、先輩に似てるな)
先輩と双葉ちゃんは、目元が本当にそっくりだ。
その時、双葉ちゃんはぼくに気付くや、笑顔を引っ込めてしまう。
「……別に何でもいい」
そう、双葉はぽつりと呟く。
「あの、やっぱりぼくちょっと、外に……」
「いいの。渉くんはそこにいて。
双葉はただ意地を張ってるだけなんだから」
「意地なんて……!」
「じゃあ、渉くんを気にしなくてもいいよね。さあ、これ着てみて」
「う、うう……」
先輩に服を押しつけられ、双葉ちゃんは逃げるように試着室の方へ行ってしまう。
「先輩、ぼくのことは気にしなくても……」
「そんなこと言わないで。
悪いのは、あの子なんだから。
それで、私は何が似合うと思う?」
「えーっと……。
このブラウスなんかどうですか?」
「そういうのが、渉くんの好み?」
「そういう訳じゃ……」
「あ、そっか。
折角だからって思ったんだけど。
パンツかスカート、どっちが好き?
今日はパンツで来たんだけど」
「どっちも先輩にはよく似合うと思いますっ」
先輩はくすくすと微笑んだ。
「ありがと。
でも好みが知りたいの」
「……す、スカートがいいかも、しれません……」
ちゃんと答えるまで先輩が許してくれなさそうなので、素直に答えた。
「分かったわ。
じゃ、服の方は?」
「そのブラウスがいいと思います。そのコバルトブルーがすごく澄み切ってて……」
「ふふ」
「何ですか?」
「さすがは絵を描いてる人だなって。
色を一番最初に褒めるなんて」
「そういうものですかね……」
「私はそう思うな。
それじゃこれ試着してくるね」
「はい」
先輩を見送ってすぐ、入れ違いに双葉ちゃんが現れる。
ぼく一人だと知って、試着室に戻ろうとするのを慌てて呼び止める。
「ま、待って……!
今、先輩は服を試着してるから、すぐに戻って来るからっ」
「…………」
双葉ちゃんは恐る恐るというかんじで(取って食ったりは絶対しないのに…)、こっちに来る。
「双葉ちゃん、似合ってるよ。
すごく可愛いと思うっ」
「……あ、ありがとう」
双葉ちゃんは目は反らしたまま、ぽつりと言った。
「普段からワンピースとか着るの?」
「……時々」
「そうなんだ」
ちょっとした沈黙が下りる。
「えっと、ぼくのことは、どうかな?」
「どう?」
「ぼくが双葉ちゃんに変なことをしちゃったのかもしれないけど
心当たりがなくって……」
「…………」
「今日という日を機に関係をやり直せればって……思ってるんだけど」
双葉はそれからしばらく黙っていたが、じっとぼくを見て来た。
思わずたじろいでしまうくらい、迫力があった。
「あんた、お姉ちゃんのこと好きなんでしょ」
「え?」
「お姉ちゃんとの距離が近すぎだから」
「距離が近い?」
「私、あんたの下心が分かるの。
お姉ちゃんは、いい人すぎだから、すぐに家族って思えるし、あんたにあれこれやって世話を焼いて距離が近くって、勘違いするのも分かるけど、それ全部間違いだからっ。
お姉ちゃんはあんたのことなんか、これっぽっちも好きじゃないっ!
なのにデレデレしちゃって、ほんと、キモいっ」
「そ、そっか……」
「だから、そういうこと。
私はお姉ちゃんを守ってるの。
あんたの好きには絶対にさせないからっ」
「いや。双葉ちゃんは、勘違いしてるよ。
ぼくは先輩に対してそんな感情は……」
「しらばっくれないでっ。
お姉ちゃんと話すときの顔、デレデレしすぎっ。
ほんとキモいっ」
(ここまで思われてたなんて)
「考えすぎだよ」
「はぁ? どこが?」
「だって先輩には……」
「何?」
「いや、あの……か、彼氏がいるんだっ」
「え!? 本当!?」
(しまった。つい、口から出任せを……)
「でもこれはみんなには内緒にして。
ぼくも偶然見かけただけだし……」
「えっ……で、でも、そんなこと聞いてないんだけど!」
「――お待たせー」
「っ!」
先輩がやってきた。
思った通り、ブラウスはとても似合っている。
「先輩、すっごく服、似合ってますね」
「ありがと」
「あ、私、もうちょっと服を見てくるから……!」
双葉ちゃんは逃げるように、別の服の方へ行ってしまう。
「――ふふ、二人とも、何話してたの?」
「先輩、ずいぶん遅かったですね」
「二人が話をしているのを見て、気を遣ったの」
「え!?」
「少しは打ち解けられたみたいね。良かったわ」
「……実はそうでもないんです」
「どうして?」
双葉ちゃんから言われたことを話す。
「それは大変ね。
私がやったことがマイナスになって……」
「いえ。
問題は他にもあって……」
「まだ何か言われたの?」
「言われたというか、言ってしまった、というか」
「どういうこと?」
「先輩に彼氏がいるって、言ったんです」
「私たちのことを教えたの?
まあ……いっそ、そっちの方が効果がある……のかな?
いやでも、お父さんに言われちゃうかも……。
でも最終的には知って欲しいし認めて欲しいし」
先輩はぶつぶつと独り言をしている。
「そうじゃないんです。
ぼくとのことではなくって、別の人と付き合っているって、ことで……」
「私が? どこの誰と?」
「道端で見かけた、っていうだけで具体的な名前は出してません」
「だいぶややこしい話になってるのね……」
「双葉ちゃんから先輩との近すぎると言われまして、つい」
「私が一緒に歩いてたって人のことだけど、友達って言う?」
「そうしたら、ふりだしに戻りそうですけど。
でもそうですよね。
口から出任せを言っちゃったんですから、訂正を……」
「……考えようによってはもしかしたら、いいかも」
「そうですか?」
「恋人がいるって言えば、私たちが一緒にいても変に思われないし
もしかしたら、怪しまれず、デートもできるかも」
「いえ。
ここは潔く嘘だって認めます。
双葉ちゃんとは、気長にやっていけば……」
「物は試しよ。やってみましょう」
先輩はにこりと微笑む。
「先輩、楽しんでます?」
「ただでさえ一つ屋根の下の複雑な生活を送ってるんだから、大変だーって悩むより、楽しーって過ごせたほうがいいでしょ?」
「……かもしれませんけど」
「――双葉」
先輩は、こちらをこっそり見ている双葉ちゃんに呼びかけた。
「ひとまず服を買って、お昼にしましょう。
そこで話をしよ」
「う、うん……」
双葉ちゃんは、怖々と頷いた。
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