第4話  バレる…?〈1〉

 ゆさゆさゆさ。


 揺れに、ぼくは目を覚ます。


「ん? んん……?」


 目を開ければ、垂れる髪を押さえる先輩の姿があった。


「先輩!?」

「ふふ。やっと起きた」




「な、何やって……」

「隣には双葉がいるんだから」


 先輩は唇に、右手の人差し指を当てた。


「落ち着いた?」


 頷くと、先輩は小さく笑った。


「それなら、しゃべってよろしい」


(喋っていいって言われても……)


 制服姿の先輩は、眠っているぼくを跨ぐ格好だった。


「あ、あの先輩……ど、どいてもらえますか?」

「了解」


 先輩はベッドの内に座り直してくれる。

 それでもやっぱり、鼓動が早くなってしまっていた。


「ところで、先輩はここで何をしていらっしゃるんですか?」

「最近なかなか一緒にいられないなぁって思って。

だから、寝込みを襲っちゃった」


 先輩は爽やかな笑顔と共に言った。

 いやもう全然話がつながらない……。


「ふふ。渉くんの寝顔が見られて、嬉しかったよ?」

「っ!」

「いつまでも寝顔は見ていたかったけど、気付かれないままじゃ寂しいなあって思って軽く揺すってみたの。

――あれ、頬が紅いよ?」


 ふざけたように、先輩が頬をつっついてくる。

 そんなことを寝起きでされたら、頭が真っ白になって、どう反応したらいいのか分からなくなってしまう。


「ん? どうかした?」

「と、突然過ぎて頭が追いつきません……」

「目は覚めた?」

「さ、覚めました……。び、びっくりしすぎちゃって……」

「それじゃ話は出来るね。

んー、何はなそっか。

ふふ。おかしいよね。こんなことまでしてるのに、すぐに思いつかないなんて……。

忍び込むまではスリルがあって楽しかったけど」

「あ、えーっと……

母さんはどうですかね?」

「琴音さん?」

「そうです。何かご迷惑を……」

「そんな訳ないじゃない。

料理は美味しいし、家事もテキパキしてて、憧れちゃうなぁ。

私、料理下手だから。

食べるのは得意なんだけど」

「ははっ」

「ちょっとー。笑うなんてひどいぞ」

「す、すいません」

「そんな本気なトーンで謝らないでよー。

――琴美さんよりうちのお父さんの方が心配なんだけど。

お父さんはなんていうかー……」

「豪快?」

「じゃなくって、強引なところもあるし。

話も長いし。

こっちの方が迷惑かける可能性だけで言うなら、特大だよ?」

「全然そんなことありませんよ。

ああ、父親ってこんな感じなんだろうなぁって思ってますし」

「私も琴音さんを見て、お母さんっていうのはこういう感じなんだって思ってるよ」

「そう言ってもらえると嬉しいです」


 と、先輩は何かを見つけたように微笑む。


「スケッチブック! 見ていい?」

「あ、いいですけど。でも……」


 何かを言う前に、先輩はスケッチブックを開いてしまう。


「最近あんまり描いてないんだね」

「実はそうなんです」


 サインと一緒に、書き始めた日付を書いてあるから、すぐに分かってしまうのだ。

 と、優しく肩を叩かれた。


「どうしてそんな申し訳なさそうな顔をするの?」

「先輩にいい作品を見せられなくって……」

「そんな気を遣わなくてもいいでしょ?

いいものは、何度見たって見たくなるんだから。

映画とか小説とか。でしょ?」

「そういうものですかね」

「そうだよ。

それに、バタバタし過ぎたし、集中できなかっただけだって。

――あ」

「どうしました?」


 先輩はいたずらっぽく笑いながら、見せてくる。

 そこには、鉛筆で描いた先輩のラフがいくつか描いてあった。


「あ!」

「これ、私、見たことないんだけどー」

「え、あ、い、いやっ」

「白状しろっ」


 先輩はスケッチブックを机に置くと、飛びかかって、脇腹をくすぐってきた。


「せ、先輩!? ちょ、や、やめて、く、くださ……っ!」

「言わないともっとするわよー?

いいの? いいの? うりうりっ」

「やめ、やめ……言います! 言いますからぁっ!」

「よーし」


 先輩はやめてくれたが、ぼくはヒイヒイと息を上擦らせてしまう。


「言わないと、またしちゃうけど?」

「それは、ぼくの想像なんです!」

「想像?」

「そ、そうですっ。

先輩が勉強する姿とか本を読んでる姿なんかを想像して描いてて……」

「この日付を見ると、絵のモデルを頼んだちょっと後よね?」

「そ、そうです……」

「もしかして、その時から私が好きだった?」

「そ、そんなこと、どうでもいいじゃないですか」

「ごめん。拗ねないで。ちょっとふざけただけ。

でも好きだった……?」

「……は、はい」

「ありがと」


 と、その時、ぴぴぴ……と壁一枚隔てた双葉ちゃんの部屋から、ケータイの目覚ましの音が鳴るのが聞こえた。


「ざーんねん。

もうちょっと一緒にいて、お話したかったのにー」

「お話、ですか?

意地悪の間違いじゃ……」

「渉くーん。何か言ったー?」

「いえっ。何でもありません!」

「ふふ。

それじゃ、また後でね」

「は、はい。また後で……」


 先輩が双葉ちゃんに気付かれないよう、こそっと部屋を出ていく姿が微笑ましく、なおかつ先輩と話せた余韻に浸りながら、しばらくぼーっとしてしまうのだった。

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