新学期のはじまり〈4〉

 今日は予定通り、始業式に始まり、新しい担任からの連絡事項で午前中のうちに終わった。


 教室を出るくらいを見計らったように、ケータイに先輩からメッセージが届く。


 ――授業終わった?

 ――終わりました。でもちょっと美術室に寄りたくって。

   大丈夫ですか?

 ――了解

   来る時にでも連絡して

 ――ありがとうございます!


 ハムスターがぺこっと頭を下げるgifを送る。

 先輩は、グーッと親指を突き出した手のgifを返してくれた。


 階段を下りていく生徒の波の中を泳ぎながら、渡り廊下で繋がっている特別棟に行く。

 特別棟とは音楽室や美術室などが集まっている建物だ。

 その中の一つに、美術室がある。

 今日は部活動はないけれど、久しぶりの美術室に顔を出したかったのだ。


 ガラガラと扉を開けた。

 こもった空気のにおいに混じり、絵の具の濃密な匂いが鼻をくすぐる。


 しんっと静まりかえっていて、運動場から運動部のかけ声が聞こえた。

 ぼくは棚に押し込まれた幾つかあるキャンバスの一つを引っ張り出し、イーゼルに立て掛けた。

 そこは煙るような幾重にも重なり合った桜並木が描かれている。

 これは県で賞を取ったもので、学校前の桜並木だ。


(どうしようかな……)


 引っ張った椅子に座り、絵を眺める。

 最近、新しい題材が見つからなくって困っていた。

 この絵を見れば、何か思いつくと思ったのだけど。

 ――こんなにいい絵が描けるんだから、もっといい絵が描けるはず。

 美術部の顧問の先生の言葉だ。


(もっといい絵を描けるって言われてもなぁ)


 これまで色々と描いてみたものの、なかなか納得のいくものが出来ず、下書きばかりが増えていった。

 カバンから取り出したスケッチブックをぺらぺらとめくる。


 と、ポケットに入れていたケータイが振動する。

 先輩からのメッセージがあった。


 ――まだ美術室にいる?

 ――待たせてすみません!

 ――違うの。そういう意味じゃないの。

   もし美術室にいたら、あの桜の絵を双葉に見せたいって思って

   撮って送ってくれる?

 ――分かりました

 ――ありがと!


 ケータイで撮影した絵を送る。


(先輩たちを待たせられないし、そろそろ行こう)


 教室の片隅には、石膏像が無造作に置かれている。

 中腰になった少年っぽい顔つきで、題名は『きざし』。

 小幡先輩の作品で、何かの賞を取ったはずだ。

 

 先輩によると、トイレ待ちする男子高校生をモデルにしたらしい。

 

(確かに、漏れそうな感じがすごく出てる……)

 

 キャンバスを棚に戻し、イーゼルを片付け、美術室を後にした。

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