一つ屋根の下(渉の場合)〈3〉

リビングのテーブルを囲む。

 テーブルには先輩が淹れてくれた紅茶と、もらいものだというクッキーが並べられている。


 基本的に会話は、基本的に先輩や陽介さんがリードし、僕と母さん、双葉ちゃんが頷くという感じだった。


「そういえば、渉君は美術部なんだって?」


 陽介さんが言った。

 

「そうです。中学校から絵が好きで」

「一華から聞いたけど、県の美術展で入賞したとか……。えっと」

「水彩で描いた桜です」

「水彩っていうのはあれだろ? 小学生の頃に図画工作の時に使う……」


「お父さんっ」

 一華が咎めるような視線を、陽介さんに向ける。


「一華、そう怒るなよ。……渉君、馬鹿にした訳じゃないんだが、許してくれ」

「いえ、大丈夫です。水彩画のイメージって、一般的にそうなんだと思うんです。でも水彩だから出来る柔らかさとか、濃淡とかがあって。ぼくはそれが好きなんです」

「そうなんだね。もし良かったら、次に完成した絵を見せてくれ」

「もちろん」

「絵はいつ頃、やっているんだい?」

「小さな頃から絵を描くのが好きで。母もよく画材なんかを買ってくれて」

「琴音さんは、渉くんの才能を見抜いていたんだね」

「見抜いたなんてほどじゃないの。でも、この子の絵を見ていると、すっごく元気を貰える気がして」

 母さんは恥ずかしそうに、でも得意げそうに言った。


 母さんは賞を取った時はもちろんだけど、母さんはどんな些細な絵、道端だったり、一本の木だったり、駐車した車だったり、地味な絵でも、とても嬉しそうに見て、褒めてくれた。

 ぼくが絵を続けて来たのは、母さんに喜んでもらいたかったから、ということもある。


「琴音さんがそう仰る意味、分かります」

 先輩も同意してくれる。


 先輩が柔らかな笑みを浮かべながら、双葉ちゃんを見る。

「双葉も今度、渉くんの絵、見せてもらった方がいいよ。すごく綺麗なんだからっ」

「あ、う、うん……」

 双葉ちゃんは恥ずかしそうに、モジモジする。


 陽介さんが相好を緩める。

「渉君、双葉は今度の四月から二人と同じ学校に入るから、色々と手助けしてあげて欲しい」

「もちろんです。って言っても、一華さんがいらっしゃいますから、ぼくはちょっとしたお手伝いをする程度だと思いますけど」


 と、母さんが言う。

「そういえば、渉と一華さんは学校で会ったりしなかった?」

「先輩とは一年違いだし。そんなに会う機会はないから。うちは生徒数も多いし」

「でもこれからは一つ屋根の下なんだし、困ったことがあれば相談に乗るよ?」


(先輩!?)

 あまりに大胆な言葉に、ドキッとしてしまう。


「一華さん、ありがとうね。うちの息子、積極性がないから、もし良かったら手を引っ張ってくれると嬉しいわ」

「母さん! 余計なこと言わなくていいから……っ!」


 ぼくは顔を真っ赤にさせて叫ぶ。


「ああ、そういえばこの間――」


 話が別の物に移ると、ほっと胸を撫で下ろした。

 陽介さんとの会話に緊張してしまうのは、まだあまり馴れていないということもあるが、それ異常に大きいのが先輩との約束だ。


 約束というのは、先輩との関係は当面、陽介さんに秘密にして欲しいということだった。


 先輩曰く、陽介さんは娘にちょー甘いバカ親だというのだ。

 先輩のお母さんが、先輩たちがまだ幼い頃に病気で亡くなってから、ずっと陽介さんが男で一つで育ててきたということもあって、娘たちの交友関係などにはかなりうるさいらしい。

 小学校の時の誕生日に、近所で仲良くしていた子を呼ぼうものなら、それこそずーっと娘達の誕生会に顔を出し続け、男の子が娘たちに手を出さないように見張っていたらしい。


「渉くん」

「は、はいっ」

 不意に先輩から声をかけられると、どうしたって勢い込んでしまう。


「お父さんと琴音さんの馴れ初めって知ってる?」

「保険の仕事をしていた母が、取引先の陽介さんと知り合ったとだけ」

「琴音さん、詳しい馴れ初め、教えてあげたらどうです?」

「もう一華さんったら。息子の前で恥ずかしいわ」


 母さんは年甲斐もなく恥ずかしそうに、モジモジする。

 恥ずかしい。

 いくら何でも先輩の前でそんな反応はやめて欲しい

 歳を考えて欲しい。


 それでも先輩たちと過ごす初めての時間は、成功したと思う。

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