ひねくれハタチ vs やさぐれミソジ④


 ……寒っ――


 四月も半ばだというのに、寒いものは寒い。

 会社を逃げるように飛び出した後、モヤモヤ気持ちを抱えた俺――、『軍司 平八』は、どうしてもまっすぐ家に帰る気になれず、チラッと目に入った煌々こうこうとした看板に吸い込まれていった。パチンコ屋で手持ちの金銭をドブに捨てるだけの無為な愚行を重ねに重ね、半日に近い時間を浪費したことに気づいた俺は、とぼとぼと夜の街を寂しく歩いていた。


 ぶるぶるとその身を震わせながら、足早に歩みを進める俺の視界に……、ふと、くたびれたゲームショップの姿が映る。


 ……あ、『ドラファン』の新しいナンバリングタイトル……、リリースされたんだっけ――


 閉店後の店のドアに貼ってある華やかな宣伝ポスターを見つめながら、俺は思わず足を止めていた。街の喧騒けんそうが耳から耳へと流れていき、俺の頭の中で、過去の記憶がビデオ映像のように、グルグルグルグル、次々と映し出されていく――


 ……懐かしいな、ドラファン……、二作目が発売された時、徹夜で並んでなんとか手に入れて、徹夜で遊んで……、思えば、あんときくらいからかな、なんとなく、『自分でゲームを作りたい』って思う様になったのは……


 ――平八君が、この業界に入ったばっかりの頃……、必死で、がむしゃらに働いていた時……、自分の先輩に、どんな言葉をかけてもらいたかった?――


 ふと、いつだったかに言われたテッさんの言葉が、俺の脳内に響き渡る。――同時に、思い出したくもないイヤな記憶が、モヤモヤと俺の胃の中をどす黒く染め上げる――



 ――はぁ? ……おまえいつも、何言ってるのか……、全然わかんねぇんだよ! ……ちゃんと日本語教育受けてきたのか?――

 ――うるせぇな、お前は黙って仕様書に書いてあること実装してりゃいいんだよ――

 ――……あっ? このままじゃ面白くない?? ……なにナマイキなこと言ってんだ、俺らプログラマーは、黙ってプランナーの言われたことやってりゃいいんだよ――


 

 ……そうか、……そう、だったんだ…………


 ――俺は、初めて入ったゲーム会社で、先輩プログラマーから受けた『教育』を、忠実に守ってきた『だけ』……。なんで、自分が『ゲームを作りたい』って思ったんだろうって……、自分が経験したゲームの『ワクワク』を、もっといろんな人にも感じて欲しいって……、『俺がやりたかった』コトを、ずっと忘れてて――



 俺が新卒で入ったゲーム会社は大手ソフトメーカーの下請けで、基本的にはお上から降りてきた無茶な要求をこなすだけの、いわゆる受注会社だった。最初のころはナマイキにもでかい夢を語っていた俺だったが、杓子定規しゃくしじょうぎな先輩社員たちの『洗礼』をこれでもかと言う程に受けまくり、気づけば機械のように心を閉ざして、何も考えずにコーディングだけをするAIロボットに成り下がっていた。


 その頃の俺は、ある一つの勘違いをしていた。

 俺は『人間』であって、『機械』じゃない。


 自分の心にウソをつきながら、黙々とプログラム言語を書き込む――

 ――そのたびに、心に小さな傷がついていっていることに、俺は気づいていなかった。いつの間にかまともな食事を摂ることがなくなり、ロクに眠ることもできなくなり……、そんなヤバイ状況を、『当たり前』と受け入れるようになり――


 ――ある日突然、電池が切れたオモチャみたいに、俺はバタリと倒れた。



 「……おーっ、ドラファン新しいやつ出たんだな、お前もう買った?」

 「――まだ! 同梱版どうこんばんが欲しいんだけどさー、全然抽選当たんなくて――」


 

 ――ハッ、と意識が戻る。俺が眺めていたドラファンの宣伝ポスターの目の前で、大学生らしき若者たちがゲーム談議に花を咲かせている。


 ……寒っ、風邪ひく前に帰るか――


 ガヤガヤと、街の喧騒けんそうが俺の耳から耳へと流れていく。うじゃうじゃと街を埋め尽くす人の海にまみれながら、眩いほどの照明で幾多の人々を迎える駅の入り口へと、俺はAIロボットみたいに、等間隔に足を動かしていた。

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