ひねくれハタチ vs やさぐれミソジ③
――『アルファ版』納品、三日前……。
あの事件以来、コウメが軍司さんにたてつく回数が減り、軍司さんとコウメの間に際立った対立は見られなかった。たまに軍司さんがブーブーと文句を言う程度で、『ムゲン・ライド』の開発は至って平和に進行していった。この調子なら納品後に有給でも取れそうだなと、俺の口からのん気な台詞さえ飛び出していたんだが……
――果たして、その言葉は、みごとな死亡フラグを樹立していた――
「――大介、今、なんつった……?」
ロッキングチェアをきぃっと回転させて、能面のような顔をくるりとこちらに向ける軍司さんが、淡々としたトーンで静かに口を開く。軍司さんの目の前に突っ立っている俺とコウメは、
「……だから、『アルファ版』の実装要件の一部が……、仕様書の記載から漏れてたんです……、さっきテストプレイした時に、機能が入ってないことに気づいて――」
「――で? その、漏れてたって、『仕様』は?」
――この前の、コウメとのちゃちな喧嘩の時とは、軍司さんの、『雰囲気』が違う……、軍司さんは、俺らの体たらくに、心底呆れている様子だった。
「……プレイヤーがライド中の『乗り物』が壊れた時、フィールドに設置されている『カラの乗り物』の数を一定に保つように、どこか適当な場所に『新しい乗り物』が出現する『ランダムポップ』仕様……、コレが入ってないと、プレイヤーがライドする乗り物がフィールドから無くなっちまう可能性があって……、バトルが成立しません……」
「……いやいや、そんな仕様自体、『初耳』だっつーの……、――とにかく、座標位置取得処理なんてクソ重い実装、あと三日でできるわけねーだろ、諦めて、その機能が入ってなくても『アルファ版』として認めてもらえるよう、
言うなり、軍司さんはロッキングチェアをぐるっと回転させて、俺らに背を向けてしまう。……明確な『拒否』の意思表示だってことは、『バカ』な俺でもわかる――
「……無茶、言わないでくださいよ軍司さん……、親会社の納品チェックもあるし……、第一、あの魔王……、社長を説得できるわけ、ないじゃないですか」
「……『無茶』言ってんのはどっちだよ……、たまには自分のケツくらい、自分で拭け」
軍司さんが、俺らに背を向けたまま、声だけをこっちに投げる。
――ぞんざいな態度に、思わずカっと頭に血が昇り、脳を通過することなく言葉が喉から飛び出そうになった俺の耳に――
低くて冷たい、幼子の声が、『横やり』を入れる。
「――軍司さん、気づいてたんじゃないの? ……このままだと、バトルが成り立たないって――」
神妙な顔つきで軍司さんの背中を睨みつけながら、コウメが淡々と言葉を放つ。その声に軍司さんの身体がピクッと反応し、ロッキングチェアが再びくるっと回転した。
「……なん、だと…………?」
「……軍司さん、私と一緒に実機チェックしてたし……、なにより、『ランダムポップ』仕様……、私、軍司さんと話した記憶がある」
身体をこちらに向けた軍司さんの視線と、俺の隣で突っ立っているコウメの視線が混じりあい……、
――その交錯地点に、バチッと、赤黒い火花が飛び散った――
「……俺『は』、記憶に無いね……、そもそも、仕様書に記載がない時点で、そんなものは仕様と呼べな――」
「――書いてなくても、プレイしてれば仕様に欠点があることはわかるはず……、っていうか、軍司さん、問題点を『認識』はしていたのに、仕様書に書いてないっていうのを言い訳に……、わざと実装しなかったんじゃないの?」
「――はぁっ!? 言うにこと欠いて、何言い出すんだよお前……、大体お前らプランナーなんて、普段は仕様にないことを実装したら『勝手なことするな』ってギャーギャーうるさいくせに、よくそんな口が――」
「――私『は』、言ったことない。……軍司さん、よく『お前らプランナー』ってひとくくりにするけど……、私から言わせれば、『この会社のプログラマー』ってみんな、言われたことしかやらない『ロボット』みたい……、私、プログラマーって、プランナーと一緒に面白いことをどんどん作っていく……、もっとかっこいい職業だと思ってた」
――果たして、銃撃戦が止まらない。言った言わないの水掛け論から、人格攻撃に発展した罵りあいに、口を挟むタイミングを完全に失った俺は、情けなく両者の顔を交互に見るのが精いっぱいで、――気づけば、俺の心に灯りかけてた怒りの炎は、燃え盛る前にあっけなく鎮火されていた。
……コウメ、お前の気持ちは痛いほどわかるが……、仕様書の記載が漏れていた以上、この件に関しては圧倒的に『こっちが悪い』、こういう時は、なんとかプログラマーを説得して、良い落としどころを見つけるのが定石なんだが……、たぶん、もう――
――ガタンッ!!
……遅い……、よなぁ――
沸騰したやかんみたいな勢いで立ち上がった軍司さんが、ワナワナと唇を震わせながら、
「……お前ら、プランナーなんて――」
――怒りで我を忘れた軍司さんが放った『その言葉』は……
「――口ばっか達者で……、俺らプログラマーがいないと……、何にも『作れない』癖によぉッ!!?」
――チーム開発においてもっとも重要なパラメータ……、『信頼』を、一瞬で『ゼロ』に戻す、言ってはいけない、一言――
――シンッ……、と静寂が、辺りを支配する。
気づけば、周りの連中もみんな手を止めて、俺たちのやり取りを黙って傍観していた。
遠くの席で、「あちゃ~っ」と頭を抱える香澄の姿が、俺の目に映った――
俺は、俺たち『プランナー』を侮辱したその言葉に怒りを覚える『よりも』……、今の状況――、『ムゲン・ライド』開発チームの心がバラバラになってしまうかもしれないという嫌なイメージに、心の底から、ゾっとしていた。
――MMORPGの背景オブジェクトみたいなNPCアバターが、感情の無いツラで俺を取り囲んで、音の無い声で俺のことをせせら笑う――
……なんとか、しなくちゃ――
……なんか、言わなくちゃ――
――プランナーの側に立って、軍司さんに抗議すればいい?
――軍司さんに謝って、コウメはあとで説得すればいい?
――ふざけた雰囲気を出して、とりあえずお茶を濁せばいい?
――それとも……
……チームの関係をギリギリで繋ぎとめる、最適解の行動……、今、何をすれば正解なのかが、俺には、皆目見当がつかねぇッ――
どうすることもできずに、口をパクパク開閉させている俺の目に、――ポンッ、と軍司さんの肩に後ろから手を置く、ある人物の姿が映る。
「――テッ、テッさん…………」
思わず後ろを振り返った軍司さんが、宿題を忘れたことに気づいた小学生みたいに、弱々しい声を、漏れるように吐き出す。テッさんは、ジッと黙って軍司さんの顔を見つめ……、見たことも無いような険しい顔つきで、静かに、口を開いた。
「……軍司君、人の会話に途中で口を挟むのもどうかとは思うんだけど……、さっきの一言……、あれは、『違う』んじゃないかな――」
静寂に包まれた執務室の中で、テッさんの一言がポツンと響き、その場にいる全員の胸に、重く、のしかかる――
「……とにかく、その仕様に関しては、作業を断固拒否する……、ほかのアルファ版の要件は実装がもう済んでて、あとはバグチェック待ちだ……、今日はもう、俺はあがらせてもらうぜ……」
ギリギリで冷静さを保っているように見える軍司さんが、吐き捨てるようにそう言った。
ピッ、とパソコンの電源を落とし、近くに放ってあった鞄をしょいあげると、チラッと俺の顔を一瞥したあと、逃げるように執務室から出て行った。
――静寂に終焉が訪れ、ざわざわと、執務室の中に
「……軍司さんッ――」
思わず駆けだしそうになった俺の肩を、誰かがグイッと引っ張る。振り返ると、いつもの
「――軍司くんなら、大丈夫だよ……、この前……、『確認しておいたからね』」
わけがわからないといった表情で、ポカンと口を開けている俺を眺めながら、顔にシワをいっぱいに作った老獪な策士が、くしゃりと、柔らかく笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます