ひねくれハタチ vs やさぐれミソジ②


 「――あっ……」


 軍司さんとコウメが派手なケンカをやらかした、その日の夜。

 ちょいと遅めの夕飯から執務室に戻った俺の目に映ったのは、暗がりの部屋の中で、煌々としたディスプレイをジー―ッと見つめる、黒髪おかっぱ娘の姿。思わず時計を見ると、時刻は既に二十二時を回っていた。


 ――パチっ、と電気をつけると、『コウメ』がハッ、と驚いたようにキョロキョロ周囲を見やる。


 「……座敷童ざしきわらしかよ、てめぇは――」


 はぁっ、と大仰なタメ息を漏らしながら、コウメの隣――、自分の席にドカッと腰をかけた俺は、マウスをグリグリと動かして、スリープ状態だったパソコンに光を灯した。コウメがムッツリと黙り込みながら、ジーッと地面に目線を落としながら、身体だけをこっちに向けている。


 ――一か月弱の付き合いでわかったことがある。コイツが、この『モード』に入ってる時は、大抵――

 「――言いたいことがあるなら、ハッキリ言えって……」


 未読がたまっていたチャットログを流し読みしながら、俺はボソッと、隣に座るコウメに向かって声だけを放る。


 「――ん、お昼のコト……、ごめんなさい…………」


 しおしおと、幼稚園児みたいに震える声を出すコウメに、俺は再び、ハァッと大仰なタメ息を吐いた。


 「……気にすんな…………、それに、謝るなら俺じゃなくて、軍司さんに、だろ」


 カタカタとキーボードをたたきながら、俺はチラッと、隣のコウメに目線を向ける。コウメは、いたずらを叱られた子供みたいなツラで、相変わらず地面に目を落としたまま、ぎゅっと下唇を噛んでいる。


 「……私、やっぱり――」

 「――『気にすんな』、って言ったろ? ……悪いと思ってんなら、それで充分だ。何が悪いと思ったのか、てめぇの頭で考えとけ」


 カタカタカタカタ……、無機質なタイプ音が執務室に響く。

 しばらくすると、隣に座る座敷童ざしきわらしから「……はい」という幽霊みたいな返事が漏れ出た。





 「……なんか、大介、ヘン――」

 「――はっ?」


 コウメからそんな言葉が飛び出したのは、俺が寝ぼけ眼で欠伸を噛み殺しながら、グッと伸びをしたちょうどその時だった。思わず隣に座るコウメに目をやると、コウメはロッキングチェアの上でちょこんと体育座りをしながら、ボーッとした表情で膝の上に頬を乗せていた。


 「……何、なんだよ…………、顔にヘンなモンでも付いてる?」

 

 「そういうことじゃない、……大介、軍司さんって人と話してる時……、なんか、違う人みたい――」


 コウメのそんな台詞を聞いて、

 俺の心臓が、ゴトリと、傾く――


 「――どういう、意味だよ……」


 思わず、震えそうになった声を必死に抑えて、努めて冷静に……、俺は喉からムリヤリ言葉を絞り出す。


 「……なんか、大介が軍司さんって人と喋ってる時……、私や香澄さんと話している時と、喋り方が、全然違うから……」


 「そりゃあ、同期の香澄や後輩のコウメと、同じ調子では軍司さんと話さねぇよ、一応俺だって社会人なんだからな……、先輩に対しては、敬語だって使うさ――」

 「――『違う』の……、だって、テッさんって人と話している時は、フツウだもん。大介……、なんか、軍司さんって人の時だけ、違う気がする、なんか、何かに遠慮しているみたいな――」


 ――ゴトリ、ゴトリと、俺の心臓が一人でに転がる。

 黒い記憶が頭の中にフラッシュバックし、嫌なイメージが俺の視界を奪っていく――


 「――大介……?」


 ――ハッ、と意識が戻って、悪夢から目覚めた時みたいに、俺は思わずガバッとその身を起こした。隣でちょこんと座りこんでいるコウメが、きょとんと、不思議そうな目つきでこっちを見ている。


 「…………前に、何かあったの?」


 くりくりっとしたコウメの黒い瞳が、――何か、憐れむような視線を投げかけるその目が――、スッと、細くなった。


 ……コイツ、普段はガキみたいなナリで、ガキみたいな顔しているくせに……、――たまに、すべてを見透す、おふくろみたいな目をしやがる――


 乱暴に頭をガシガシと掻いた俺は、何かに観念したように口を開く。


 「――ブチ切れたことがあんだよ……、俺、軍司さんに……」


 『浩介』の時ほどではないが、苦い思い出を吐き出す行為は、基本的に痛みを伴う。……逆流しそうな胃液を無理やり押し込みながら、俺は早口気味に言葉を連ねた。


 「……お前も知ってる『戦国ドッジ』をさ、リリースした直後のうちの会社は、……そりゃあ地獄絵図で……、世間からコキ下ろされた汚名を回復しようと、俺ら企画班は、連日徹夜で必死に改善策を考えていた。それこそ、プランナーとプログラマーなんか、毎日怒鳴りあいだよ……、『出来る』『出来ない』の押し問答を一生続けてさ――」


 思わずフッと、自嘲気味な笑い声がこみあげる。隣に座るコウメが、体育座りの姿勢のまま、丸っこい瞳をジッと俺の方に向けている。


 「一度離れたユーザーを再び取り戻すのは、言う程簡単なことじゃない。……俺らの付け焼刃の努力も空しく、『戦国ドッジ』はリリースから僅か一か月で『クローズ』……。執務室で、スーパーの業務連絡みたいに、淡々と『サービス終了』を俺らに告げる社長の声を聞きながら、その言葉の意味を、俺は一発で理解できなかったよ……。夢、見てるみたいでさ……、今まで俺たちがやってきたことって、なんだったんだろうなって、魂が、抜けちまって――」


 がらんどうの執務室にボーッと目を向けた。

 ――あの日のように、MMORPGの『背景オブジェクト』みたいに、ただ突っ立っている『だけ』のチームメンバーの姿が、おぼろげに、浮かび上がってくる――


 「――その時によ、……軍司さんが、なんでもないように、言ったんだ……『あ~、これで残業しなくて済むなぁ~』、って――、俺、あんまり覚えてねぇんだけど、気づいたら軍司さんの胸ぐら掴んで、怒鳴り声上げて、殴り飛ばしてた。……周りのメンバーに必死に取り押さえられたよ、強盗を起こした犯罪者みてぇにな……。フッ、と、冷静になって、周りの連中の顔を、見てみたんだ。暴れまわる俺のことを見る皆の目つきが、冷たくてさ……、それこそ、『宇宙人』でも見るような目、してた……、そん時、気づいたんだ。必死に悔しがってるのは『俺だけ』で……、皆の心の中は、軍司さんと『同じ』――、この地獄みてぇな状況から逃げる『言い訳』ができて、心底、ホッとしたツラしてた――」


 ボー―ッと、がらんどうの執務室に目を向ける。

 ――MMORPGの背景オブジェクトみたいに、ただ突っ立ってるだけのチームメンバーの姿が、デリートキーをポチポチ押すことで、順繰りに、消えてゆく――


 「……自分のバカさ加減に、心底呆れたわ。『皆で世界一の面白いゲームを』……とか、夢みたいなことを考えてたのは、『俺だけ』だったんだ――、そっから俺は、ホラーゲーに出てくるゾンビみたいに、フラフラっと何にも考えられなくなっちまって……、『俺は、一体ダレに向けて、ゲームを作ってたんだろうなぁ』って……、浩介との約束も忘れかけて……、グルグルグルグル、そんなことだけを考えながら、毎日をやり過ごすようになった――――」

 

 誰も居なくなった執務室で、俺はチラッと、その目を向ける。

 ――唯一残った『プレイヤーキャラ』、黒髪おかっぱのアバター……、隣にちょこんと座る、『柏木小梅』に向けて――


 ……お前と、会うまではな――――



 開きかけた口を、すぐに、グッと閉じた。



 「――ありがとう」

 ――隣に座る座敷童ざしきわらしから、幽霊みたいな声が漏れ出る。


 「……へっ?」

 ――意図の読めないお礼の言葉に、俺は思わずマヌケな声を返す。


 「……あんまり、喋りたくない話だったんじゃない? ……だから、それでも……、話してくれたから……、ありがとう――」


 ちょこんと体育座りをしながら、自身の膝小僧に頬をひっつけながら、柏木小梅が、やわらかく目を細める。

 少女が首を傾けた拍子に、黒髪のおかっぱが、フワッと、揺れる――



 「……そりゃ、どう、いたしまして――」


 ――耐え切れなくなった俺は、慌てたようにモニター画面に目線を移し、杓子定規しゃくしじょうぎな返事を返す。

 ……なんか、これ以上コウメの顔を見ていたら、涙が出てきそうで――



 「――まぁ、今更だけど、俺の方こそ……、ありがとよ。うちの会社……、『アソビ・レボリューション』に、来てくれて」


 「……? なんでお礼? 私、何もしてない、迷惑かけてばっかなのに――」

 「――バカッ、『ムゲン・ライド』のプリプロを建て直したのは、間違いなくお前の力だ。『私は世界一のゲームバカです』って、胸張って言っていいんだぞっ」


 「……なにそれ、全然かっこよくない、かわいくない。……全然、嬉しくない」


 「そうか? 俺はサイコーにかっこいいと思うぞ?」


 「それは……、大介が、バカだからだよ」


 「……て、てめぇッ――」



 がらんどうの執務室の中で、ケラケラと、少女の無邪気な笑い声が響く。

 フッと気が抜けてしまった俺は、ヘラッとつられたように口角を上げながら、笑う少女の黒髪おかっぱに掌を乗せ、くしゃくしゃと乱暴に撫でまわした。



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