追うゲームバカ vs 逃げるゲームバカ②


 三分咲きの桜が遠慮がちに街を彩る、三月某日の朝――


 華やかな外の景色とは裏腹に、どんより濁った空気が漂う『会議室』の空気は重い。永遠とも思える静寂の刻の中で、時計の針の音だけが滑稽に鳴り響き、俺はモニターに映った『ゲーム画面』をボーッと眺めながら、誰かが救いの手を差し伸べてくれるのをただ待っていた。


 「――コレ……、『面白い』……のか?」


 ――果たして、差し出された手が、ドンッと俺の身体を突き飛ばし、果ての無い断末魔が、奈落の底に響いて行く――


 「……そ、そんな……バカな――」


 ガクリと力を無くした俺の身体がヨロヨロとよろけ、俺は思わ椅子の上にドカッとへたりこんでしまった。


 「――なんかさぁ、ぶっちゃけ何をしたらいいのかよくわからんゲームだな……、知らん間に死ぬことが多くて理不尽っつーか」

 ――やめろ……


 「――うん、アレよね……、いわゆる尖り過ぎてて、ユーザーがついていけないゲームの代名詞……って感じがするわ……、『戦国ドッジ』と同じ匂いがする」

 ――やめろ…………


 「――カメラもぐるぐる動きすぎてて、老体の目にはちょっとキツくて、長時間はプレイできないかなぁ」

 ――やめろ………………


 「――まぁ言っちゃえば『クソゲー』だわな」


 ……やめてくれぇぇぇぇぇぇぇっ!?



 『KO寸前』――

 「面白のか?」の一言を皮切りに、会議室を包んでいた沈黙のヴェールが突き破られ、あれよあれよと『ダメだし祭』を開催し始めたチームメンバーの声が、ライフポイント赤ゲージギリギリの俺の耳に無理矢理ねじこまれる。

 魂が半分出かかっている俺の口から、声が勝手に漏れ出た。


 「……どうして、こうなった――」





 魔王の間で行われた三度目の『企画プレゼン』の後、魔王……、じゃなかった、社長は約束通りに出向に出していた社員たちを社に戻してくれて、『ムゲン・ライド』の開発チームが発足された。

 十人弱という少数精鋭で組まれたそのチームメンバーに向けて、俺はさっそく企画概要の説明を行った。内容についての反応は様々だったが……、半年という短い開発期間と、『ホントウの意味で社運が懸かったタイトル』という事実に、ネガティブな印象を抱いている者が大半だった。


 「……やるじゃないか、大ちゃん。……これなら、このゲームなら……、本当にうちの会社、『救える』かもねぇ――」

 

 どんよりした雰囲気を持ち上げてくれたのは、ポツリと独り言のようにつぶやいたテッさんの一言だった。



 次の日からメインプログラマーと連日打ち合わせを行い、プリプロ製作に取り掛かった。『プリプロ』とは、そのゲームの一番ウリになる部分だけを抽出して作った『試作版』のことで、ゲーム開発は一にも二にもプリプロ製作から始まる。企画書の段階では掴み切れないイメージを実際にゲームにすることで具体化し、『本当にこのゲームは面白いのか?』『本当にこのゲームは売れるのか?』の判断をするための製作フローで、ゲーム開発における最初の関門だ。このあと開発を続けて問題ないかの判断が経営陣が行うんだが……、実際、このプリプロの段階でポシャるプロジェクトは星の数ほどある。逆に言うと、『プリプロ』のGOサインさえもらえれば、ゲームのウリを認めてもらえたことと同義となり、メンバーは自信を持ってこの後の開発を進めていくことができる。

 

 ……ここが、正念場……、大丈夫……、企画の面白さには自信がある、サクッとプリプロでOKをもらって、ガンガン製作を進めて――


 そんな甘っちょろい考えでプリプロ製作を進めていた俺は、ある程度ゲームが遊べる形まで実装された段階で、第一回となる『テストプレイ会』を開催することにした。集めた社員は開発のコアメンバー……、俺を含めた四人。


 メインプログラマ―の『軍司ぐんじ 平八へいはち

 ――業界歴十年をこえるベテランだが、前職で過労のために身体を壊した経験があり、オーバーワークに対して過度に反応する節がある。俺よりも口が悪い。


 アートディレクターのテッさん……、こと『手塚てづか 宗一郎そういちろう

 ――言わずも知れた我が『アソビ・レボリューション』の長老。大手ゲーム会社『ペンタゴン・フェニックス』に在籍していたこともあり、軍司さんを超える大ベテラン社員だ。


 プロジェクトマネージャーの『小島こじま 香澄かすみ

 ――唯一の俺の同期……、新卒入社から腐れ縁である香澄は、ゲームに1ミリも興味が無い癖にうちの会社に入ったヘンな奴だ。いつもスーツ姿で出社し、ラフな服装が多いうちの会社では逆に浮きまくっている。


 満を持して開催された『テストプレイ会』……、自信満々の顔で臨んだ俺の態度とは裏腹に、プレイし終わったあとのメンバーたちの顔は『険しい』。コトッと、試遊用の検証端末をテーブルに置いて、沈黙してしまった面々の表情を見て、すべてを察した俺の身体から、サッと、血の気が抜ける――





 「――なんでだよッ!」

 

 不安で耐えきれなくなった俺は、思わずバァンッ!と会議室のテーブルを掌で叩いた。


 「……キックオフMTGの時は……、面白そうって……、みんな、言ってたじゃねぇか!?」


 唾をまき散らしながら不満を爆発させる俺に対して、『ベテラン』勢二人の視線は冷ややかだった。


 「……いや、確かに企画『は』面白いと思ったよ……、けどよ、実際触ってみるとこのゲーム……、そもそも『面白い』とか『面白くない』とか……、判断するスタートラインにすら立ってない感じがするんだよなぁ、今のママだと……」

 ――軍司さんが、ボサボサの頭をポリポリかきながら、ごちるように言葉を落とす。


 「……机上の空論という言葉がある。得てして、頭の中にあるうちは、誰だって世界一面白いゲームを妄想できるものさ――」

 ――テッさんがお得意の慣用句を使って、いきり立っている俺をたしなめる。


 「……プロト製作にあまり時間をかけていられないわ。そうね、改修に使える期間は――、『あと三日』、ってところかしら?」


 「――ハァッ!?」


 淡々と言葉を連ねる香澄に対して、俺は思わず非難の声を上げる。香澄は、そんな俺のことをジト――ッとした目つきで、侮蔑ぶべつするように睨み返してきた。


 「どっかの誰かさんが、『企画がサイコーだから、プロト製作にはそんなに時間がかからない』って言ってたから、こっちはそのつもりでスケジュール組んでるんですけど……」


 「――ぐっ……」


 ――言った。確かに言った。やっぱり俺はバカなのか? もし時を戻すアイテムを使えたなら、俺は一週間前の俺を殴り飛ばしにいく。


 ……また、三日……かよ――



 「――あ~、こりゃ『詰んだ』な。どうせ明日までに『改善案』なんて出てこないだろ? 俺、明日休んでいい?」


 ぐ~~っ、と伸びをしながら、軍司さんがだらしなく会議室のテーブルに突っ伏す。


 「――ちょ、ちょっと軍司さん……、そんなやる気の無いこと言わないでくださいよッ!? ……なんなら、『改善案』一緒に考えてくれたって――」

 「――なんだよ、『また』キレんのか? ……大介――」

 「――ッ!!」


 ――いきり立っていた俺の口から、スッと言葉が奪われる。

 軍司さんが擦れたような細い目をしながら、ガタンッとだらしなく席を立ちあがり、吐き捨てるように口を開いた。


 「――作るのは俺の仕事、考えるのはお前の仕事……、たまに仕様に口出ししたって、ろくすっぽ聞かないのはお前らプランナーじゃねーか、……とにかく今日は午後休取るわ、他の連中もあがらせる」


 タンッ、タンッと、軍司さんが歩き去る音が聞こえる。

 テッさんが、何かを考えこむように、ジッと腕組みをしている。

 香澄が、困ったような顔をしながら、フゥッとため息を吐いた。



 「――一日、だけ……」


 絞り出すように放られた俺の声が聞こえたのか、軍司さんの足音が、ピタっと止まる。



 「……一日だけ、ください…………、明日までに、『改善案』……、絶対、考えてきますから…………ッ!」


 振り返った軍司さんが、俺の姿を見てギョッとする。


 ――両手をつき、頭を深々と下げながら、俺は地面に這いつくばっていた。おかしなものを見るような目つきで、俺を見下ろす軍司さんのことを、俺はギロリと、充血した眼で睨み返した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る