48:1991年3月以降のこと -手にした幸福ー

 再就職については、雅樂の斡旋を断った。しばらくして米子に本拠を置く量販店の店舗開発担当の職を得たが、雅樂が裏から手を回してくれた気がしてならないのだった。

 四月に入ると雅樂から電話がかかってきた。村兵以外の段々村の生存者は、松江の近郊にある雅樂グループの研修所に移ったという。そこは日本語と基礎学習知識および社会常識を一年かけて教える場だと雅樂は説明した。

「いずれ日本は、多数の移民を受け入れるようになります。そのための実験的施設ですが、このような形で役立つとは思いませんでした」

 その後、茶目っ気たっぷりに付け加えた。

「ただし運転免許は、そちらで何とかして下さいね」

 碧との面会が許されるようになり、後に僕たちは結婚を約束した。

 同じ月のことだが、去年まで勤務していた不動産会社が経営破綻した。計画倒産の疑いがあると風の便りに聞いた。僕はようやく気付いた。雅樂と元宮は、それに関与していたに違いない。二人ともなかなかのワルだと苦笑した。

 翌年の初夏、僕は碧と大山の結婚式場で、ささやかに挙式した。駆けつけてくれた雅樂と、披露宴の後で立ち話をすることができた。

 戸田一家は琴浦町で暮らすようになったという。あのクロベエも一緒だと聞いて僕は嬉しくなった。雅樂は戸田太郎を褒めちぎった。

「あの子には、生まれもった理解力の良さと度胸と勘の鋭さが備わっていますね。将来、私の右腕にしたいほどです。ご心配なく、変なことはさせませんから」

 僕は笑ったが、なぜか雅樂は寂しそうな表情になった。

「直にお会いできるのは最後かもしれません。ようやく中国語が習得できましたので、近い内に香港に行きます。遅まきながら自分の天職がカネ儲けだとわかりましたから」

 最終目的地はシンガポールだという。僕は訝しく思っていた。

「カネ儲けなら東京でいいのではないですか」

 舌鋒鋭い答が返ってきた。

「今後はシンガポールと香港が、アジアの金融の中心地となります。さまざまな分野で中国や韓国や台湾、ひいてはインドや東南アジアの国々が日本を凌駕してくるでしょう。インターネットとモバイル、人工知能の時代が始まっているのに成熟国家になったと自己満足し、凍眠などと呑気なことを言っている国に私の居場所があると思えないのです」

 確かにそのようなことを公言すれば、日本では胡散臭がられるか煙たがられるだけだろう。しかし僕は雅樂の考えを鵜呑みにはできなかった。あまりに悲観的な空想だと思った。雅樂は続ける。

「いまだに錬堂教授の行方はわかりませんが、世間では亡くなったも同然と思われています。すべての職を解かれ、もう影響力を発揮できないように見えます。けれども教授の信奉者はウィルスのように増殖しており、日本を骨の髄まで侵そうとしています。もう手遅れだと悟りました。それに気のせいかもしれませんが、身の危険を感じることがあります。とにかくさまざまなことを考え合わせて移住を決断した次第です」

 僕は身震いしていた。雅樂の言うことが本当なら、僕も狙われるはずだ。僕とダンこそが錬堂教授を直接的に痛い目に遭わせたのだから。しかし雅樂はその心配は無用ではないかと答えた。

「相手が平野さんと確認できたかどうかは疑問ですし、仮にそうだとしても素性は知られていませんから追跡されることはないのでは」

 そう言うと雅樂は深々と頭を下げた。

「本当に申し訳ないです。私のせいで、このめでたい日に不安にさせてしまったことをお許し下さい。私のことでしたら大丈夫です。いいボディガードを雇えそうです。あの村兵ですよ。完全に待遇と職業倫理で動くところが気に入りました。コネで動く人間より、よほど信用できます」

 その後、雅樂は照れた顔で付け加えた。

「その内に元宮杏子も私と合流する予定です。彼女、やり過ぎて日本で弁護士を続けるのが難しくなりましてね」

 僕は素直に祝福を送った。


 結婚当初は、米子の賃貸アパートに住んだ。碧は無事に運転免許を取得し、いつかは高校で学びたいと思っているようだ。時折、穏やかな海に浮かぶ島の蜜柑畑の夢を見ては幸せな気持ちになると言う。僕は黙って微笑むしかなかった。

 一男一女を授かって間もなく、父が定年を待たず急死した。それから母は患うようになり、心配になったので実家で同居することにした。

 碧の心の傷も癒え、僕も段々村でのことを普段は思い出さなくなっていた1995年の梅雨時、ちょうどオウム真理教事件で世の中が騒がしかった頃、シンガポールから郵便が届いた。「事件の全容」と題された雅樂からの報告書だった。添えられた手紙には、飯沢由衣子に僕の債務の件で電話したのは自分が元宮にさせたことだと匂わせてあった。僕にとっては、もうどうでもいいことだった。

 僕は姿勢を正して、分厚い報告書と向き合った。終戦の頃から三十年ばかりは段々村の神職は柘榴井宇目という、あの三月の母に当たる女性だったという。彼女は洞窟の奥深い場所に膨大な量の記録を残していた。それが事件の背景の解明に大きく寄与したと書き出してあった。

 情報の入手方法については明かせないと強調していた。雅樂らしい奥の手を使いまくったのだろう。思わず僕は苦笑いしていた。

 



 

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