27:11月21日のこと -異様な巫女の怒りー

 その週は早速、雅樂宛の四番目の報告書を作成し、碧に投函してもらった。報告よりも懇願が主になってしまった。僕の能力と知識では、説得力があって整合性のとれたカジノリゾート計画など作れない。雅樂に手助けをお願いするしかなかった。

 それでもできることは自力でしようと奮闘していた水曜日の午後、柘榴井三月が御田島村長に伴われ僕の仕事場を訪ねてきた。ゴルフコンペ以来だから、この狭い村で一か月以上も彼女を見かけていなかったことになる。

 嫌悪感を表に出さないように自分に言い聞かせながら立ち上がると、村長が言った。

「これから三月さんは、お籠りに入るので年末の挨拶に来られた」

 もう顔を合わさないで済むのかと思うと嬉しくなった。

「長い間ですから大変ですね。ご苦労なことです」

 心にもないことを言うと、三月は笑った。

「夜は出歩くこともあるから、お気遣いなく」

 村長の顔が歪んだ。余計なことを口にするなと言いたそうだ。三月はそんなことには頓着せず、僕に軽くお辞儀をした。

「マモルちゃん、本年はお世話になりました。会えて嬉しかったよ」

 これだけ野太い声で言うと、僕の全身を舐めまわすように見る。巫女姿なのに、清らかさも凛とした感じもまるで伝わってこない。思わず目を背け型通りの挨拶を返すと、三月は無表情で問いかけてきた。

「あれからゴルフはしているの?」

 冷たくて責めるような言い方だったが、本人は失礼とは思っていないようだ。僕は少しむっとしたが、顔には出さなかった。

「いえ、していません。下手ですから、ご迷惑をおかけしてはいけませんので」

「そうなの。他の人は下手でも、よく誘われていると聞くのに。つまり仲間はずれにされてるってことね」

 三月は毒々しい含み笑いをしている。さすがに癇に障って、つい口走ってしまった。

「この村には今年いっぱい、いるだけですから」

 仲間はずれにされていることは事実だろうが、後ひと月ほど滞在するだけなので別に苦にはなっていない。僕の思いを悟ると三月は首を傾げ、唇を醜く歪めた。

「あら、そうなの。マモルちゃんが村に馴染んでくれたらいいのにねえ。ここから出られると思ったら出られないかもよ」

 その謎めいた言葉に僕は反応できなかった。村長は一瞬、苦虫を噛みつぶしたような表情になったが、すぐに平静を取り戻した。三月は両人の困惑ぶりをしばらく楽しんだ後、村長に向き直った。

「旦那の調子が、どんどん悪くなってきている。おまけに惚けも進んできたし。ねえ、大晦日の祭りで新しい旦那を当てがって下さいな。村長さん、お願いね」

 三月はくねくねと身をよじらせた。さしもの村長も堪忍袋の緒が切れたようだ。

「こんなところで、あからさまなことを口にするんじゃない」

 しかし彼女に悪びれた様子はなく、今度は僕を横目で睨み続ける。それが禍々しさに満ちた流し目だとわかり、思わず逃げ腰になった。

 その時、仕事場に碧がおずおずと現れた。三月に凝視されると慌てて目を逸らし、早口で言う。

「平野さん、注文の残りの本が届いたので持ってきたわ。少しでも早い方がいいと思って」

「ありがとう。助かるよ」

 碧は照れた素振りを見せ、転び出るように退室した。村長が何気なく言う。

「なかなか献身的だね」

 それを耳にした途端、三月の眼は燃え上がり口元が激しく震えた。

「あのめんたあ、汚い服装なりでうろつきやがって」

 村長は聞こえない振りをしていた。僕には三月の激情の意味がうっすらと想像できて、空恐ろしさを覚えていた。


 宿舎に帰るなり夕食を運んできた碧が、柘榴井三月が僕の仕事場にいた理由を知りたがった。三月が柘榴峰を離れるのは、かなり珍しいことらしい。僕は年末の挨拶だったと答えた。

「その時、大晦日の祭りについて何やら言ってた。祭り続きで大変だな。今度は何をするの」

 僕は軽い気持ちで訊いたのだが、碧は誰もいるはずがない背後を一瞥すると、ささやき声になった。

「柘榴峰のてっぺん近くの洞窟に、村の主だった人が集まって歌ったり踊ったりするらしいの。私は呼ばれたことがないので、良く知らない」

 祭りに参加しないのは碧の他に村兵と村警の山野瀬功、小作屋汐里、芝刈屋朔子、それに余分の三人のようだった。村の警備に必要な者とごく若い者が不参加なのだろう。後者については村に馴染み切っていない、つまり信頼し切れないと判断されているような気がした。

 夢で見た光景が、まざまざと思い出される。あれは正夢なのだろうか。ふと我に返ると碧の声は、もはや聞き取れないほど小さくなっていた。

「毎年、年末の雪の降った朝、どこかの家の屋根に大きな矢が突き刺さっているの。その日から、その家の誰かがいなくなる」

 僕は寒気を覚えていた。

「神隠しか。いなくなるって、亡くなるということなのかな」

「わからない。怖いこと、言わないで」

「どんな人がいなくなるの」

「年寄り、女、子供。それから赤ちゃんもいなくなったことがあるらしい。いろいろよ」

 何となく村に居場所がなさそうな人たちという感想が湧いたが、それにしても対象が漠然とし過ぎている。僕は彼女を問い詰めないようにやんわりと、いろいろな角度から質問してみた。

 その結果、文字どおり白羽の矢が立つのは、村から与えられた役割を果たしきれなくなったり、あるいは自分の役割の必要性が消えた者、また村にふさわしくないと判断された者らしかった。乳児については、村長の許可なく産まれた者が対象なのだろう。

 碧は矢の射手が、いなくなる者を予知していると信じ込んでいた。射手の正体は知らないと言う。僕は天を仰いだ。本当は碧の肩に手をかけて、違うと叫んで揺さぶりたかった。彼女の思考は混濁させられ、誤った因果関係が刷り込まれている。その上、そのことについて追及を避けるように自分で自分を調教している。

 毎年、時期を同じくして人が失踪するわけがない。明らかに何者かが、対象者を決定し連れ去っているのだ。

 その者はどうなるのだろうか。殺人という単語が脳裏をよぎったが、僕は強いて打ち消そうと努めた。今の時代に、そのようなことがあろうはずがない。村の外に追い出されるだけではなかろうか。

 いろいろな可能性を考えたが、証拠もないのに思い込みや早とちりは禁物だと自戒した。これから自ずと明らかになってくるのだろう。

 碧によれば、当然ながら村民は対象者となることを恐れている。そして僕のように異例な来村によって、想定外の事態が起こるのではないかと村民こぞって、おぼろげに感じているようだと付け加えた。僕に対するよそよそしさは、それが原因なのだろう。

 しかし、これも因果関係を逆に解釈している可能性がある。想定外の事態を引き起こすために僕の異例の来村が必要だったのかもしれない。

 その時、ある疑問が氷解したように感じた。ゴルフコンペで傷つけたタロウを見舞った僕を、なぜ母のノリコは襲撃したのか。それは僕の来村によって自分の子供に、通常ならあり得ない災いが降りかかることを恐れての所業に違いなかった。一般の村民にとって僕は、禍事をもたらす存在として映っているのだろう。

 次第に碧の口は重くなり、その場の雰囲気が沈んできた。僕も話を切り上げた。立ち去っていく碧の後ろ姿は、明らかに何かに怯えていた。喋り過ぎたことを後悔しているのだ。

 


 


 


 






 

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