26:11月16日のこと -カジノリゾート構想ー
僕は、雅樂が提示してくれた案のひとつに賭けることに決めた。出勤前に彼が列挙してくれた参考図書の購入を碧に依頼した。渡したメモを見ながら、碧は感心したように言った。
「難しそうな本ばかりね、五冊も」
碧の視線が、ある本の表題に留まった。
「マカオって、どこにあるの」
場所を説明すると、碧はしげしげと僕を見つめた。
「この村を出たら、そこに行くの?」
「そんなおカネも多分、ヒマもないよ。でもいつか旅行したいね」
何かを言いかけて碧は、すぐに下を向いた。今のままでは自分は行くことができないという事実に圧倒されてしまったのだ。かける言葉を探している内に、彼女は背を向け足早に去った。
夕方、彼女は済まなさそうな様子で宿舎に現れた。
「三冊はあったけど、二冊は取り寄せになるって。ごめんなさい」
その一途さに背中を押され、それからプラン作りに没頭した。金曜日、長い出張から帰ってきた御田島村長に久々に出会った。挨拶をすると挙手で応えてくれたが、どこかぎこちなく映った。誇張ではなく、身体が縮んだような印象も受けた。相当な心労があるのではないか。カネが絡んだ悩み事があるという疑いは、強まるばかりだった。
室見川助役を交え、二週間ぶりの定例会議が始まった。村長は気の乗らない様子を垣間見せていた。もし提出する計画が陳腐と判断されれば、僕に対する心証が一気に悪化するかもしれないと懸念を抱いた。
ここが正念場だと腹に力を込めて口を開いたが、舌がもつれそうだった。
「カジノ、はいかがでしょう」
村長は虚を突かれた感じで考え込んだ。僕はその意味がつかめず、内心はうろたえていた。
助役は呑気に訊いてきた。
「それはルーレットをする所ですか」
「そうですが、もちろん他のゲームもあります」
「つまり賭博場ですな。こんな田舎で成功しますかな」
「ですから海外からも集客できる施設や仕組みが必要です」
助役はなおも否定的な問いを発しようとしたようだが、村長が制した。その声は明るく力強かった。
「助役さん、これは凄いよ。ひとまず傾聴しようじゃないか」
僕は資料を二人に渡し、熱弁を振るった。カジノ、スポーツアリーナ、ゴルフ場、劇場、コンベンションホール、ショッピングモール、ホテル、マリンリゾート、テーマパークなどを複合させたリゾート計画だ。
村長が口をはさんだ。
「この村には収まりきらんな」
僕は自信満々を装って答えた。
「もちろんです。周辺の山地、近くの島、そして琴浦町全域を含めて想定しています。各施設は高速の新交通システムで結びます」
村長の目が異様に妖しく光り、含みのある言い方をした。
「なるほど。琴浦町全域ね」
助役は全体像を思い描くのに一苦労していたようだが、なかなかの発言をした、
「まずは、この村への交通の便を良くしなくてはいけませんな」
今度は村長が熱弁を振るう番になった。
「山を削って空港を造るんだ。琴浦港は段々ポートと名を改めて、豪華客船が着岸できるようにする。岡山から村まで新幹線を通して、東京から直行便を走らよう」
そのような類の話が延々と続く。まるで抑圧されていた願望が、心の中で大爆発を起こしたかのようだった。さすがに僕は困惑しきりだったが、助役は機械のように相槌を打ちながら頼もしそうに聞いている。恐らく理解しきれていないなと感じた。
ようやく村長の長広舌が一段落した。すかさず僕は口を開いた。
「わかりました。村長のご意見も必ず取り入れますが、さらに肝心なことがございます」
村長は身を乗り出した。
「ほほう、何かな」
「カジノの客にカネを融通することです」
僕は自分の債務のことが頭をよぎり苦い思いがしたが、それとこれとは別だと割り切って言った。
助役が手を叩いた。
「すってんてんになっても勝負する人は多いでしょうな。結構、稼げるかもしれん」
村長はさらに興味津々になったようだ。
「年利54.75パーセントで貸し付けるんだね。これは凄い儲けだ。問題は与信と回収をどうするかだが、今はそこまで考えなくてよかろう。とにかくダイナミックですばらしい案だ。これで進めよう」
村長がテーブル越しに差し出した右手を、僕は拝むように両手で握り返した。村長は手を離すと勢いよく立ち上がり、戦に赴く武人のように虚空を睨みつけた。
「来月上旬を目途にプランを煮詰めてくれ。その後、私は実現に向けて東京と関西一円を回ってくる。資金面でも法律面でも高い壁が待ち受けているが、私のコネを信じてほしい。助役さんもアドバイスをお願いしますよ。どんどん肉付けしていきましょう」
助役は返事はしたものの、その顔は呆けていた。
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