18:10月12日 日中のこと -最初のプレゼンテーションー

 金曜日になった。御田島村長に口から出まかせでも何かを提案しなければならない。僕は下らない案だと自嘲しながら長広舌をふるった。クアハウス構想、山菜と獣肉料理が売りのペンション村などについてだ。

 案の定、村長は渋面を作った。

「せっかく頑張ってくれたのに気の毒だが」

 僕は身を縮こませた。

「そんな程度なら誰でも思いつくし、今でもあちこちにある。そうではなく日本中から、できれば海外からも注目されるものを出してほしい。そうでないと資産価値も上がらないし、大きなカネも引っ張って来られないでしょ」

 僕が神妙さを装うと村長は畳みかけてきた。

「せめて人工雪のスノーリゾートくらいは言ってほしいものです。まだ若いんだから」

 少々皮肉を込めて返してみた。

「ではオリンピック誘致なんかどうでしょう」

 村長は大喜びした。

「いいですな。マラソンは瀬戸内海を見下ろしながら、このあたりの山の中を走るんですな。まことに絵になる。まあ、そこまでは無理だろうが、そういう感じで頼みますよ」

 僕は調子に乗ってしまった。

「怪獣村とか恐竜パークなんかどうでしょう」

 村長の表情が急に険しくなった。

「いくらなんでも、ふざけ過ぎです」

 それまで無言だった室見川助役も同調した。僕は、二人が唐突な反応を示した理由がわからなかった。

 村長は問い詰めるような口調になった。

「どうしてそんなことを思いついたのかな」

 僕は口ごもりそうになりながら答えた。

「少し前にニュースで見ました。アメリカでそんな内容の小説が話題になっていると」

「そうですか」

 村長と助役の態度が和らいだ。僕は自分の軽率さを愧じていた。村長は僕を慰めるように言った。

「平野君、決して焦らなくていいんだよ。どうか集中して、とにかくパンチのきいたアイディアを練ってくれ。資料や本が要るなら助役の了承を得た上で、久吾屋の娘に頼めばいい」

 実りのない会議の後、僕は仕事場でふさぎ込んだ。僕の能力では歯が立ちそうにない。安易に乗せられたしまったと雅樂を恨みたくなった。

 けれども結果を出せば、債務から解放されるのだと考え直した。大手を振って帰省もできる。特に誇るところのない故郷だが、海産物には恵まれていた。牡蠣、栄螺さざえあわび、甘海老を口いっぱいに頬張りたい。この村に来てから新鮮な魚介を口にしていないので、余計にそう思えた。

 もしかしたら僕は、故郷が好きなのだろうか。それに今まで気付いていなかったのか、あるいは気付かない振りをしていただけなのだろうか。いや、そんなことを考えるのはやめよう。

 やっと脱け出せた故郷に執着するのは、今になって飯沢由衣子とよりを戻すようなものだと自らに言い聞かせた。


 その日の午後、役場には村民が集まってきた。半月分の生活費の支給日だという。振込だと引き出すのに困るので手渡しだった。なお僕の月給は月末に手渡されることになっている。

 待合に立ち村民に挨拶をしたが、まともに返してくれたのは久吾屋未明だけだった。僕の故郷にも排他的な感じはあったので咎める気は起きなかったが、それでも度が過ぎている印象を受けた。

 窓口で村民の応対に当たっていたのは、応援に入った室見川暁子だった。

「金額は下がったけど、村が厳しい折だから我慢するのよ」

「あんたの働きが今ひとつだから仕方ないのよね」

 厳しい内容だが、暁子は軽い調子で機械的に口にしている。文句を言う村民はいなかった。その日の待合には村兵のゴウとサムが立っていたせいもあろうが、あるいは疑問を持ったり反論したりすることを忘れさせられているのかもしれない。

 ようやく終業時間になり短い家路をたどった。烏の群れが空を横切っていく。ここには目ぼしいものがないと知っているかのようだ。すでに西の崖の向こうに沈んだ陽が、雲を茜色に染めている。

 高校時代、古文は苦手だったが逢魔が時という単語には妙に魅せられた。この村にいれば、魔物や禍事に対する昔の人の気持ちがよく理解できるような気がしてきいた。

 冷たい風が草木を揺する音が聞こえる。その合間に虫の声がかすかに聞こえる。しかし子供が遊ぶ声は聞こえない。余分の他には子供はいないのだから当たり前だが、それ以外にも村では聞えたことのない声があることに不覚にも初めて気付いた。それは田舎でも都会でも、どこであろうと耳にできる身近な声だ。

 かつて飼っていた犬たちの声を懐かしみ、僕はふと涙ぐんでいた。

 





 


 


 


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