11:10月1日 午前のこと・承前 -村の奇妙なあらましー
その後、一階を案内された。受付台の後ろには十ほど机が並べてあったが、そこでは御田島妙子が黙々と電卓を叩いているだけだった。村の職員は御田島村長と妙子、室見川助役と信士、そしてたまに顔を出す室見川暁子しかいないという。
「この五名に平野さんを加えて、今年いっぱいは六名の布陣となります」
室見川助役は妙に意味ありげに言い、自分の席に着いた。僕も手近な椅子に腰かけた。
「さて平野さん、ひとまず村の説明をしましょう」
段々村の人々は今から二千年ほど前、御田島村長の先祖に率いられ出雲から鉄を求めて、この地にやってきた。それ以来、今に至るまで村全体が御田島家の所有物だ。不動産はもとより、村民もそうだと言い切るのだった。
村民は、村長からそれぞれ役割を与えられ労働に従事する。その収益や生産物は、いったんすべて御田島家のものとなり各人の働きや立場に応じて配分される。ただし村の土地は痩せており、食糧の増産は難しい。また産業の振興も困難だ。従って現在、御田島家は主に投資で稼いでいる。
いずれにせよ村では限られた数の人間しか養えないため、人口を抑制する策がとられてきた。たとえば結婚や出産は、村長の命令によって行われる。逆に役割を果たすために必要な者が不足すれば、村外から人を招き入れることもある。ちょうど僕のように。
説明を聞きながら、僕は困惑することしきりだった。
室見川助役は天井を仰いだ。
「大昔は、琴浦の連中に羨ましがられるくらい豊かな村だったようです。鉄を採り尽くしたのが運の尽きでした」
助役はひとしきり物思いに耽った後、唐突に一枚の紙を僕に示した。それは「村民一覧」と題され、人名と年齢、そして各人の役割が列挙されていた。
「村長」
「助役」
「神職」
「
「
「商売・物流」
「農業」
長女:
「除草・ゴルフコース管理」
長女:
「土木・建築」
「縫製」
「
「平野さん以外に、ちょうど三十人です」
室見川助役は澄ました顔だ。積極的に説明するつもりはないらしい。僕は質問攻めにせざるを得なかった。
「役場関係はわかりますが、村警とは何ですか」
「村民が一般の警察官の格好をして、村の警備に当たっています。ちゃんと拳銃も持っていますよ」
それこそ犯罪だと思ったが、助役に悪びれた様子はない。当たり前だと考えているのだろう。
「村兵とは何ですか」
僕は屋号だと思っていたが、大間違いだった。
「文字どおり村独自の兵隊です。貧弱な武装ですが、日々の厳しい訓練で鍛えられています」
僕はのけぞりそうになった。野武士でも攻めてくるのだろうか。
「何の必要があるのですか」
助役は真面目くさった顔だ。
「いざ村が分離するとなると、琴浦町の連中が攻撃してくるかもしれません。それに対抗するためです。普段は村長の警護に当たっています」
先代の村長時代に養豚を手掛けたが、汚水が琴浦町に流れ出して刃傷沙汰になったことがあるという。なるほどとは思ったが、それにしても大袈裟な対応だと呆れるばかりだった。
「どうかしましたかな」
助役が不審そうに問うてきたので、僕は話題を変えた。
「変わったお名前の方が多いですね」
「役割と名字が一致していてわかりやすいでしょう。名前も村長が、趣味で付けることがありますからな」
「では中には本名でない方もいるんですね」
「それはそうです。シュウだのサムだの、普通はいないでしょ」
助役は、それについては詮索してほしくないようだった。僕が口をつぐむと、彼は久吾屋の説明を始めた。そこの離れが僕の宿舎で、送った荷物も運び入れてあるという。
「役場から歩いて五分もかかりません。お店と食堂と飲み屋を兼ねています。琴浦町で郵便や荷物を受け取ったり、発送もしてくれます」
郵便配達も運送業者も、ここまで上がってくるのを嫌がるので久吾屋が一手に引き受けているのだという。
「いろいろな手続きや買物の代行もしてくれますよ。まさに村の総合商社です」
助役は気の利いた言い回しができたと満足していた。
「もう正午ですな。食事がてら一緒に行きましょう」
「最後に、もうひとつだけいいですか。余分、とは何です」
助役は戸惑いの表情を浮かべた。
「読んで字の如く、余りものという意味です。これは気にしなくていいです。平野さんと接することはないでしょうし、接する必要もありません。道端の石ころみたいに思っておけばいいんです。さあ、参りましょう」
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