05.一緒に寝る?

「それじゃあお風呂入ってくるね」

「今日は早いな」


食事を終えてからしばらくゆっくりして、今の時刻は午後九時前。

昨日と一昨日に比べたら随分早い。まるで普通の人の生活リズムみたいだ。


「覗いちゃだめだよ?」

「バカなこと言ってないで早く行ってこい」


短くあしらって手を振る愛を見送るが、本当はこの前のことを思い出してちょっと焦ったのは内緒。

しかし、自分の部屋で女子がシャワー浴びてるって結構なアレな状況だなと今更ながらに思う。

あんまり真面目に考えるとめんどくさいことになりそうだから気にしないに限るけど。

という訳で、思考を切り替えてソファーに横になって買ったまま読んでなかった漫画を崩していると、丁度三冊目を読み終わったところでドアが開いた。


「ただいまー」

「おかえり」


戻ってきた愛を見て姿勢を起こす。

そして当然のように愛が隣に座ると、風呂上がりの髪からはやっぱりふわりと良い香りがして落ち着かない。

これで愛がロングヘアーだったら危なかったな……。


「今日はなんの映画観よっかー」


いつも通りソファーに腰掛けた愛がリモコンを手に取る。


「優のオススメとかある?」

「愛の趣味に合わせて?それとも完全に俺の趣味で?」

「優の趣味でいいよ」

「じゃあキャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」

「もう見てる」

「グレイテストショーマン」

「見たー」

「ボヘミアン・ラプソディ、イエスマン、ダークナイト」

「全部見た」

「バック・トゥ・ザ・フューチャー、紅の豚、ジョン・ウィック」

「あっ、ジョン・ウィックの3だけ見てないの思い出した。今見れる?」

「レンタル使っていいぞ」

「ほんと?やった」


と、愛が目を輝かせる。


「ジョンがかっこよくて好きなんだよねー」

「まあ3で死ぬけどな」

「えっ、嘘でしょ!?」

「うん、まあ嘘だけど」


表情を動かさずに答える俺に、愛が肩をバチンと叩く。痛い。

そのまま画面を操作してレンタルの画面を開く愛を見ながら、やっぱりネット配信の新作レンタルはちょっと高いな、なんて感想を抱く。

こういう時はレンタルショップの料金設定の方がありがたいし、自分だけで見るなら近くのお店まで行くんだけど。

まあでもショップはショップで全部貸し出し中ってトラップがあるから一長一短でもある。

あとネット配信してない旧作とか、配信しててもレンタル料金が高い旧作とかもあって、やっぱり行く機会はなくならないので近くのレンタルショップには生き残っていてほしい、なんて閑話休題。


「そういえば、宿題とかやらなくていいのか?」


三日連続でうちに来てるけど、未だに愛が勉強している姿は見たことない。

そもそも勉強道具持ってるのを見たことないから当たり前なんだが。


「そんなのもう全部終わってるよ?」

「へー、意外と真面目なんだな」


まだ八月の上旬で夏休みも前半戦なのに終わってるなんて正直意外だ。

俺が毎年夏休みの最後にひいひい言ってたから、余計にそう感じるのかもしれないけど。

そういえば子供の頃は勉強しようかと思ったらテレビで金曜ロードショーが始まって、結局夜中まで一切勉強せずに見てしまう、なんてことがあったなと思い出した。


「そんなことないけど」


愛が素っ気なく答えて正面を向く。

横顔は感情が測れない、強いていうなら表面上はつまらなそうな顔が見える。

その表情に口を開けない空気が流れて、そのまま愛が再生ボタンを押すと、テレビには青い山に日が昇るタイトルロゴが流れていく。

肩にコツンと愛の頭が乗った。

体がびくりと驚くのを抑えて、顔は動かさず、横目で愛を見ても、寝落ちしている訳でもなく視線は真っ直ぐに映画を観ている。

その愛の様子に、なんだか反応したら負けのような気がして、気にしないに努めても、肩と腕に触れる感触に画面に集中できない。

唇を少しだけ動かして、結局閉じる。

それからしばらくの間、お互い一言も喋らずに身動ぎもせず、まるでラブロマンスか、もしくはサスペンスを観ているような雰囲気が流れていた。




◇◇◇




「そろそろ寝ようかな」


スマホを弄ってた愛が口を開く。

ソファーから腰をあげた愛につられて、俺の口からもふぁっと欠伸が漏れた。


「優もおねむ?」


結局映画が終わる頃には普段の雰囲気に戻っていた愛に、そんな風にからかわれる。

時計を見ると、まだ日付が変わる前でいつもの寝る時間に比べると随分早い。

というか今の欠伸の原因は、愛が毎日うちに来るから十分に眠れてないせいなんだが。


「じゃあ一緒に寝る?」

「そうだな」


提案を受けて腰をあげると、愛が慌てたように声をあげる。


「ちょっ、ちょっと待って」


抗議を無視して近寄ると身を固くして目を閉じる愛の横をスルーして、クローゼットから予備の毛布を取り出して掲げた。


「ソファーとベッド、どっちがいい?」

「…………、ベッド」


じゃあこの毛布は俺が使うか、ということで、憮然とした表情でベッドに横になる愛を待ってから、部屋の電気の紐に指をかける。


「それじゃあおやすみ」

「…………、おやすみ」


暗くなった部屋の中で、俺もソファーに横になってまぶたを閉じる。

部屋の中には時計が針を刻む音だけが微かに響いていて、体の力を抜くとその音も次第に遠くなっていく。

思考が緩やかに減速していって、眠りに落ちる寸前に、愛の身動ぎをする気配と声が聞こえた。


「ねえ、優」

「どうした?」


半分寝てる頭で答える。


「優はどうして、夜に起きてるの?」

「人のいない時間の方が好きだからかな」


もちろん夜には全く人がいない訳ではないが、レイトショーの席が空いてる映画館や、深夜パックの漫画喫茶や、注文してすぐに出てくる料理店が好きだから。

逆に人混みとか、人付き合いとか、人の多いイベントとかはあんまり関わりたくない。


「じゃあ、どうして私を追い出さないの?」


確かにそれは自然な疑問で、でもどう答えれば良いか少し悩む。


「顔が好みだったからかな」

「えっ?」


と声をあげる愛がどういう表情をしているのか、まぶたを開けても角度的に見えないだろう。


「嘘だよ」


本当の理由は妹に似てるからなんだけど、もしそう言ったら子供扱いするなって怒られそうだから黙っておく。


「変なこと言わないでよね、危うく通報しかけたじゃん」

「だからそれはいやめろって!」


俺の抗議に暗闇の中で小さく笑う愛へ、今度はこちらから質問を返す。


「愛はどうして夜に起きてるんだ?」


笑う気配が途切れて、しばらくの沈黙のあとにゆっくりと言葉が聞こえる。


「あたしね、最近夜眠れなかったの」


その告白に少し驚く。

うちに来ている時はそんな素振りは見えなかった、というよりむしろ熟睡してた印象がある。


「でも、優の部屋に来て最初の夜にすごくよく眠れて、ビックリした」

「そうか」


不眠の原因はストレスだろうか。

その原因を聞くべきが考えて、やめた。

もし聞いたら、今の穏やかな愛の空気に悲しみが混じるかもしれないから。

でも、部屋に押し掛けてきて最初はなにかと思ったけど、役に立ってたならまあよかったかな。


「愛が来たかったら、いつでも寝に来ていいぞ」


俺からの質問を重ねるかわりに、そう伝える。

安請け合いかもしれないけど、今の素直な気持ちだった。

その言葉を聞いて、少しの沈黙のあと、ベッドから嗚咽が漏れ聞こえてくる。


「どうした?」


なにかまずいことを言っただろうか、と思ったがそうじゃないらしい。


「ううん、ありがと。うれしい」


呟くように答えた愛の声は、確かに喜びと、安心が混ざったような音色をしていた。


「ベッドの上にティッシュあるから使っていいぞ」

「うん、……優」

「ん?」

「ありがと」

「どういたしまして」


重ねられた感謝に簡素に答える。

お互いにそれ以上言葉は交わさずに、心地良い沈黙が流れいく。

そのまま少しして、ベッドから愛の穏やかな寝息が聞こえてきた。

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