03.映画を見る

ピンポーン。

家のチャイムが鳴って、渋々ながら椅子から腰をあげる。

相手はわかるというか、こんな時間に連絡無しで訪ねてくる相手には一人しか心当たりがなかった。

というかそもそも、新聞勧誘とNHK集金と通販の配達以外でチャイムがなることがほぼ無いけど。

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。


「って、うるせえよ」


チャイムを連打されて流石に抗議する俺を無視して、愛は一歩踏み出してくる。

起きてたから良いけど寝てる時にやられたら普通にキレるぞ。


「おじゃましまーす」


玄関開けた時点でこうなることはわかっていたので、無駄な抵抗はせずに身を引いて部屋に戻る。

そもそもスマホを忘れて行かれた時点で開けないって選択肢もなかったので最初から詰んでた訳だが。


「いらっしゃい、お茶漬け食うか」

「食べるー」



◇◇◇



例によって、とっくに太陽は沈んだ後で、普通の人ならそろそろ寝る準備を始めるだろうという時間。


「この時間に食べる明太子茶漬け美味しすぎない?」

「冒涜的な味ってやつだな」


湯気にあわせて昇ってくる食欲をそそる香りに、中央にのせた明太子が赤いアクセントになって食欲を刺激する。

箸で崩して一口掻き込むと、熱が食道を通って胃に落ちていく。

広がる味と熱が胃に染みて、熱い吐息をふうと吐き出す。

うん、美味い。

テーブルの向かいの座布団に座る愛も、熱さに息を吐きながらお茶漬けを食べていて額にうっすら汗が浮かべていた。

そのまま二人とも無言で完食して、食器を片付けてテーブルに戻る。

食器を洗うのは後でやろう。たぶん、きっと、愛が寝るまでには。


「そいや、これ」


忘れていったスマホを取って愛に差し出す。


「もう忘れてくなよ」

「え? ああうん。ありがと」

「スマホ取りに来たんじゃなかったのか?」

「うん? そうだよ?」


そのいまいちぎこちない反応に疑惑の視線を向けると、それから逃げるように愛が視線を動かす。

視線の止まった先にあるのはテレビの下にある収納スペース。

愛が四足歩行で近寄って、ガラス戸を開け中を覗く。


「ブルーレイいっぱいあるねー。あっ、これ面白そう」


棚から抜き出したのは去年放映して、ちょっと前にソフトが発売した海外映画。


「この映画見ていい?」

「俺がまだ見てないから駄目」

「じゃあ、一緒に見ようよ」

「これから仕事するんだっての」


言いつつリモコンを操作して、デッキのディスクトレーを開けて促す。

愛がブルーレイをセットして、そのままテレビの向かいのソファーに腰掛けるとこちらを見つめる。


「ほら、優も」


隣にスペースを開けて誘う愛の表情は、自然な笑顔が溢れていて抵抗する気も起きなかった。

愛の隣に腰掛けると、ソファーが二人分の重さでいつもよりも深く沈む。

背中に体重を掛けて深く座り、リモコンを取るとお互いの肩が微かに触れる。

そして隣りに座った俺を見て、嬉しそうにする愛が、悔しいが可愛かった。


「優はどういう映画が好き?」


再生ボタンを押して、テレビに表示される映画会社のロゴを見ながら、愛がそんなことを聞いてくる。


「ヒューマンドラマが好きかな。キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャンとか、最強のふたりとか、ミッドナイト・ランとか」


まあ面白ければどんなジャンルの映画でも観るけど、ホラー以外。


「私も好きだよ、インターステラーとか」

「あれはSFじゃ」

「あたしは人間模様に感動したからいいの」

「まあ、それは否定しないけど」


確かにジャンルとしてはSFだけど、家族の愛がテーマの作品でもある。

それにしたって、ノーラン作品好きな女子高生は初めて見たけど。



◇◇◇



「映画面白かったねー」


スタッフロールを終えて、映像がメニュー画面の戻ったところで愛が口を開く。


「これなら映画館に見に行けば良かったな」

「だね」


今回見た映画は、個人的脳内映画ランキングで結構上位になるくらい面白かった。

まあ配信レンタルも含めて月に数本しか観ないから、ランキングなんて言ってもそんな大したものじゃないけど。


「映画館で名作を見て、エンディングのスタッフロール見ながら脳が震える感じ、久しく味わってねえなあ」


自宅で観るのはお手軽でいいけど、やっぱり映画館で観る名作は別物の感動がある。

特に前評判を調べずに行った映画が大当たりだと、そこから一週間はテンション上がるくらいに盛り上がるんだけど、そんな経験は早々できない。


「今度一緒にレイトショーで映画見に行こうよ」

「いい映画が有ったらな」


しかし俺は平日夜のレイトショーがデフォだからいいけど、愛は学校始まっても今の生活習慣を続ける気なんだろうか。

そんなことを本人に聞こうかと思って、やっぱりやめた。

もし、そういう機会が実際にあったらその時に聞けばいいだろう。


「ね、もう一本観ていい?」

「別にいいけど、流石に俺は仕事するぞ」

「じゃあなに観ようかなー」


再び四足歩行でテレビに近寄る愛が、あることに気付く。


「もしかして、Netflix観れる?」

「アマプラとhuluとU-NEXTも観れるぞ」

「テンション上がってきた」


というかスカートで四つん這いになってる姿を真後ろから見る形になって、太股がかなりのラインまで見えてるのが危険すぎる。


「観るのはいいけど、レンタルは使うなよ」

「とりあえず、無料作品観るから大丈夫」


とりあえず、という言葉に若干引っ掛かったがまあ深く追求してもいいことないし、気にしないでおこう。

意気揚々とリモコンを弄りだした愛の隣から腰をあげ、パソコンの前の椅子に腰かける。



◇◇◇



モニターを見つめ、キーボードを数万回タイプして、マウスを数百回クリックする作業を終えて、渇いた瞳に目薬を差すと、ちょうど愛が映画を見終わったところだった。

椅子をくるりと反転させると、テレビには俺も前に見たことのある恋愛映画の作品ページが映っている。


「面白かったか?」

「んー、途中までは良かったけど最後がイマイチだったかも」


その映画の最後は主役の男性とヒロインの女性が夢を叶え、その代わりに二人の恋が成就せずに終わる作品だったので、愛のお気に召さなかったんだろう。

個人的には悲恋エンドとか別離エンドの作品も好きなんだけど。


「でも恋愛映画見ると恋をしたくなるよね」

「愛にもそういう感情あるんだな」

「それどういう意味?」

「なんでもない」


本当は、愛の口から恋なんて単語が出てくるのが似合わないと思ったわけだが、言うと怒らせそうなので黙っておく。

しかし、愛なんて名前なのに恋って単語が似合わないなんてちょっとおもしろい。


「優は彼女とか作らないの?」

「出会いがないからなあ」


まあ出会いがない生活をしてるのは自分の意思なんだが。


「じゃあ出会いがあれば作らなくもないんだ」

「それで良い相手がいればな」


もっと言えば出会いがあって、その相手と恋愛できるような人間関係を築けて、相手が俺を好きになってくれれば、だけど。

そう考えるとハードルは人工衛星の軌道くらい高い気がする。


「優はどういう人が好みなの」

「顔が良くて胸がデカくて優しい人かな、金持ちなら尚良し」


俺の答えに、愛がニコリともせずこちらを見つめる。


「真面目に答えて」

「冗談抜きで?」

「冗談抜きで」

「そうだなぁ」


愛の雰囲気に圧されて真面目に頭を働かせてみるが、慣れない恋愛話にあまり上手く考えが纏まらない。


「尊敬できて、対等な立場で一緒にいられる相手、とか」

「大人同士ってこと?」

「そうじゃなくて、一緒に居て欲しいと思えて、それと同じくらい一緒に居てあげたいと思える相手ってこと」

「よくわかんない」

「俺も自分で言っててよく分からなくなってきたわ」


まあ、人と会わない生活を好んでしてる自分には、それくらい大切に思える相手でなければ、恋愛関係になんてなれないってことだ。


「それで、愛の好みのタイプは?」

「優しい人」

「おい」


俺が最初に言った冗談より更に雑じゃねえか。


「だってこれがほんとのことだもん」

「真面目に?」

「真面目に」


真顔で返されたらそれ以上突っ込む気にはならなかったが、それにしてももうちょっと説明してもらわないと公平じゃない。


「例えばどんなことをしてほしいとかないのか?」

「私が辛くて悲しいことがあって落ち込んでるときに、隣に座って一緒に居てほしいかな」

「ずいぶん具体的だな」

「別にいいでしょ」

「駄目とは言ってないが」


女子高生にしては随分夢がないというか、現実的な答えだ。


「高学歴とか高収入とか高身長とか顔がイケメンとか心が広いとかないのか」

「特にないかな」

「ふーん。まあどっちにしろ、俺とは全く関係ないタイプだな」


と答えると、会話が途切れた。

愛が視線を外して何かを考えているので、戸棚を開けて昨日の串団子の残りを出して椅子に戻る。

机においてパッケージを開けて串を摘まむと、いつの間にか後ろから近寄っていた愛にその手を掴まれた。

俺の手の甲に手のひらを重ねて、ちょっと手首の角度を変えて先を咥える。


「あっ」


と言う間もなく、三個付いてる団子の上の一つを口に含み、首を引くと同時に手を離す。


「食いたいならそう言え、危ないだろ」


びっくりして串の先が刺さったら、なんてのは流石にないだろうけど、それでも抗議はしておきたい。

いや、急に後ろから手を重ねられてビックリしたからではなく。


「ごちそうさま、あとは食べていいよ」

「そうじゃなくてな」


と言っても、機嫌良さそうに笑う愛を見たら、それ以上言う気は失せてしまった。


「じゃあ、お風呂入ってくるね」

「変質者に襲われないように気を付けろよ」

「はーい」


俺の言葉を聞き流す愛の背中を見ながら、残りの串団子を横から噛った。



◇◇◇



「今度はちゃんとパジャマ持ってきたんだな」


風呂から戻ってきた愛の姿を見て声をかける。

今日は昨日と違って青いパジャマをちゃんと着ている、よかった。


「どう?かわいい?」

「めちゃくちゃかわいい」


答えると、愛がテーブルに置いてあるスマホを手に取る。


「もしもし、警察ですか?」

「酷くねえ!?」

「変質者がいたら通報しないと……」


確かに変質者に気を付けろとは言ったけどな。そしてスマホは置け。


「優は、えっちなのよりかわいい方が好きなの?」

「え、どっちも好きだけど」


相手によるって但し書きがつくだけで。


「ふーん」


答えに納得したのかどうかはわからないが、愛はソファーに腰を下ろす。

それからしばらくはお互いに別々のことをして時間が流れ、地球が3度自転したくらいで、愛が小さく欠伸をもらす。


「ふぁ……」

「そろそろ寝るか?」

「うん、おやすみ」


眠そうな目でベッドへ向かう愛を見て、電気を消すために立ち上がる。

そのまま蛍光灯に紐に指をかけると、横になった愛がこちらを見上げていた。


「優も眠かったら、一緒に寝ていいよ?」

「元々そこは俺のベッドだからな?」

「ふふっ、優って面白いこと言うね」


面白いことを言ったつもりは全く無いんだが、まあいいか。

楽しそうに微笑む愛を見ながら、俺は部屋の明かりを消した。

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