第4話あなたのことを考えていたら

「久しぶりに会ったなあ」

 雑誌を読みながら半身浴をしている時に、今日あったことを思い返していた。数ヶ月ぶりに会った優斗は、少し穏やかな感じだった。キャリアウーマンと別れたみたい。

 私の、私だけの優斗。

 そう思って打ち消した。私は今岡田さん、文彦さんとおつきあいをしている。変な考えはよさないと。私が一番愛したのは、彼だと思うけど。

 お風呂からあがって、髪をコシコシこすっていたらメールが届いた。アドレス帳には載ってない、実はよく知ったアドレスから。

ーお前の家の玄関で待ってる

 そんな一言のメッセージで、誰からか分かった。そっけなくて、単純な言葉。

「優斗!」

 ドアを開けると、えらそうな、いつも通りの彼が立っていた。

「何してるんだよ。髪くらい乾かしてからこいよ。俺を一番に考える、お前らしいけど」

 なんでここにいるの? なんでメールしてきたの? クエスチョンマークがいっぱいでてくる。

「なんで…ここに?」

「俺たちさ、やり直さないか? 加奈子は家庭的だし。家事、いっぱいやってくれたよな。楽だった」

 優斗はいつもそうだ。突然きて、自分の話をする。落ち着いた大人の姿をしているけど、自分のモノを離さない幼児園児のよう。私ともう一度つきあいたい、今更そんなこと、都合がよすぎる。私には、もうお相手がいる。私だけをみてくれて、愛してくれる相手が。なのに、

「考えさせて」

 そう言ってしまった私がいた。文彦さんと生きていきたい、そう思っていることはうそじゃない。でも、優斗と幸せになりたい、と考えるのも正直な気持ち。


 髪を乾かさないまま眠って、起きたら風邪を引いていた。咳が止まらない。

「課長、すみません。風邪を引いてしまって。病院に行って治すので、有給をお願いします」

「いつもがんばってますからね。お大事に」

 普段会社に行く時間に家で過ごすのは、変な気分。お昼ごはんは焼きうどん。体調不良でも料理が好きなタイプでよかった。

 薬を飲んでうつらうつらしていて、人恋しくなる。風邪だからかな?

ー風邪でちょっとさみしい

 こんなメールを、送ってみた。

 うつらうつらして、チャイムに気づいた。

「加奈子さん、なんでこの人もいるんですか?」

 優斗と文彦さんが並んでいた。その事実に頭がくらくらする。そういえば、メールを二人に出していたかも。なんでそんなことをしたのかと考えたら、熱でぼんやりしていたからとしか言えないけど。

「とりあえず、あがってよ」

 家にあがってもらい、冷茶をだす。二人はお互いをライバル視しているみたい。

「恋人の文彦さん。文彦さん、こちらは元彼の優斗」

 新旧彼氏対決。元彼でも、彼に迫られて心が揺れていることは、まだ伝えられない。文彦さんを大事にしたいけど、優斗の存在は、あまりに大きい。 

「加奈子さんゆたんぽ持ってきました。アイスもあります。これで帰るので、ゆっくり寝てください」

「かいがいしい恋人だな。これじゃ、俺なんてどうでもいいよな」

 優斗はそう言って帰ってしまった。文彦さんも帰ってしまうかもしれない。

「じゃあ、僕もこれで」

 行かないで。一人にしないで。

 おもわずスーツの袖口をひっぱってしまって、後悔した。甘えるのは、よくない。私は自立した大人だから、風邪くらい自分でなんとかしなくちゃいけない。

「さみしいんですか?」

 目が合う。発作的にうなずく。一人はさみしい、苦しい。

「おじや作ってあげますから、それ食べたら寝てください。その後に帰ります」

 文彦さんは、マイバックから水菜とキノコを取り出して、くつくつおじやを作り始める。

 いい匂い。

 だしのいい匂いがする。私のために手間暇かけて料理をする男性を見たことがない。文彦さんは優しい。愛情を一心に受けていることを感じる。

 優斗は今どうしているだろうか?

 キノコの入った優しい味のおじやを食べて、文彦さんが帰るのを見送る。優しい彼がいて、幸せだと思う。

 そんなときに、なんで私は優斗のことを考えているのだろう。私のために料理をするわけではなく、優しい、甘い言葉もかけないのに。

 ただ、メールがきていた。(女性と別れてから、私の面影を探していた)と。彼も、私のことを探していたのか、私を追いかけていたのか。

 私がずっと探していた面影は、優斗ただ一人。私の青春は、彼と過ごすことで、できあがっていた。私の幸せは、彼といることだと、発作的に感じとっていた。 

 

電話をかけるのは、大切な女の子。

「もしもし」

「やだ、鼻声じゃない。風邪? いってくれたら行ったのに」

「彼がきてくれたから、大丈夫」

「よく甘いもの食べる彼? なら安心ね」

 深呼吸をして、電話口にささやく。

「優斗もきたんだ」

電話口の向こうで、声の質感が変わった。

「あの人とは別れたっていったじゃない。加奈子ってそんなだらしない女だったんだ」

 いつもにこにこしている愛美の怒った声を、初めて聞いた。

「加奈子をふったのがあいつでしょ? 文彦さんは優しくしてくれるんでしょ? 何が不満なの? 意味が分からない」

 電話は、そこで切れた。確かに、優斗ともう一度つきあうとはバカげてる。再びつきあったからといって、優しくなるとはかぎらない。今だって、家政婦を探しているのかもしれない。でも、私は彼に言うべきことがある。自分の気持ち、自分の幸せを、しっかり伝えないと。

ー明後日の夕飯、一緒に食べましょう

 優斗にメールをして、ぐっすり眠った

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