第3話仕事も充実してきた

「三好さん、この前の議事録どのくらいできた?」

「水曜日までには完了する予定です。今半分終わりました。書類は金曜日には渡せます」

「頼んだよ」

 いつもより楽しく仕事をしている。彼とはいわないまでも、親しい男性ができたから。少し忙しいのか、連絡は毎日ではない。でも丁寧に連絡をくれるから、なんだか退屈な毎日に色がついた。

「三好さん。この前の合コンなに? あなたがあの若い子と帰ってから、飯田くんがすごくめんどうだったんだから。終電でなんとか帰れたけど、あなただったら喰われてたわよ」

「すみません。私もしつこくされて、男の子に助けてもらってたんです」

 そんなことを話してたら、携帯がふるえた。

 岡田さんからだ。

ー土曜日、パンケーキ食べに行きませんか?

「お熱いってことね」

 意外なことに、先輩が優しそうに話してきた。てっきり自分の幸せ以外に興味がないのかと思っていたけど。そんな私の心情を読みとったように、

「私だって幸せになりたいわよ。でもね、落ち込んでいる女の子を見るのは、一番きらいなの」

「三好さん、長くつきあっていた人と別れたんでしょ? 何ヶ月かつらそうにしてたから。キャリアを大事にしながら幸せにしている人を見る目が厳しかったから、気にしてたの。自分が幸せになりたいなら、人の幸せも考えなきゃダメよ」

 軽口をたたきながら髪をかきあげる先輩が、年長者の威厳をみせていた。先輩としての人生観。この人、男のことしか考えていたんじゃないんだ。私って意外と人を見る目がないんだな。どうりで優斗と長年つきあうわけだ。

「先輩にふさわしい男性ってどんな人でしょうね。結婚式には行ってみたいです」

「ディカプリオのようなビッグな男性よ。それくらいじゃないと私にはふさわしくないから、なかなか見つからないのよね」

派手なイヤリング、紫のアイシャドウなどが似合う先輩。もはやなんといえばいいか、枠にとらわれない女性だ。いつか理想の男性と結ばれることを、今までより強く祈っている。

ーパンケーキ了解 店は任せる


「これでデートは三回目ですね。ぼくの好意、伝わっていますか?」

「まあ、ね。私もあなたといると、落ち着くと思ってる。今後もあなたといたい、なんて考える日もあるかな」

 いつかのぞいた時のように、星が瞬いた。黒い瞳に輝く、星が。

「加奈子さん、ぼくとつきあいませんか? 結婚を前提で」

 ドキン。心臓の鼓動が聞こえた。私のどこがいいのか、どんな家庭を築きたいのか。聞きたいけど、また優斗の時のように、「重い」と思われたら、いやだな。

「私、一緒にいて楽しい女じゃないし、あなたはもっと生き方を充実させる人がいいんじゃないかしら」

 かわいくない女。自分自身も気に入っている男性から告白をされているのに、素直になれない。

 あなたといたい。

 その一言で、全てが解決するのに。

「加奈子さん。こっちを見て」

 ティーカップしか見ない私の耳に、いつもより優しげな声が聞こえた。

「ぼくはあなたの素直さ、強がり、いとおしいと思ってます。ぼくが年下だからお姉さんぶってるけど、とても繊細なかただ。あなたを守りたいとは言わない。共に過ごしていきませんか?」

 私は、うなずいていた。結婚前提だとはいえ、今すぐ結婚するわけじゃない。私のことを真剣に考えてくれる彼をみて、心がゆさぶられた。一緒にいたい。そう思った。

 二人で街を歩いている時に、一人でいるよく知った背中が見えた。四年つきあっていた、優斗が。

 ふりかえってほしい、こっちをみてほしくない。色々な気持ちが混ざってくる。そう考えていたら

「加奈子、久しぶり」

 こちらを見た顔が、なつかしく感じた。クールな瞳で、じっと私を見てる。あんなに冷たく別れたことなど忘れたように、ナチュラルに声をかけてきた。私にはもう、岡田さんがいるのに。

「優斗こそ、元気にしてた? 恋人ができたって聞いたよ」

「もう別れたよ。ああいう女は疲れるな」

 岡田さんといるのが少しきまずい。早く戻らないと。元彼なんて知りたくないだろうし。

「加奈子さん、行きましょう」

 岡田さんが連れ出してくれたけど、私の心の道しるべは、揺れ動いていた。


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