第111話

「……ゆえに前にも申したであろう?私は耳年増なのだ……実践を致しておらぬだけで、それは物凄く知っておるのだ」


「……………」


 今上帝はさすがに、返す言葉が見つからない。

 何かここで言葉にすれば、あらぬ方向に進みそうで恐ろしくもある。


「まっ、元気になった様であるし時を戻すか……」


「時を止めたのか?」


「おう。そなたの苦悩の表情を見ておったら、居ても立っても居られない……」


 今上帝は雛の腕を引いて、胸にその痩躯を抱いた。


「今上帝。私は適齢期ではないぞ」


「だが童女ではない……」


「童女?さすがにあれ程幼くはない……」


 言い切らぬ内に、今上帝に抱き包められる。

 今上帝が幾度もきつく抱き締めるので、雛は我を忘れて手を今上帝の背に回してしがみついた。

 長い時を、二人は抱擁を繰り返した。といった処で、時は雛によって止められている。

 今上帝は雛を長らく覗き込んで、再びきつく抱きしめた。


「そなたと居られれば、私もそれでよい……確かに高々の事だ……中宮が誰の子を産もうが、今生では全て私の子だ」


「……確かにそうであるが、今上帝。これだけは忘れるでない。そなたの御子……天子と認められるは天孫の血を継ぐ者だけだ。もしもそなたの愛する者が、それを違え様とするならば、我ら鸞族は決してその者を許しはせぬぞ」


「何を?」


「此度中宮は同じ血を持つ者の子を宿したゆえ、我らはそなたの決断に従うが、その血がたがう事だけは許せない。この国は、天孫の血を継ぐ者が統べるべき国だからだ。これは太古の昔、我らが大神様が天の大神に、大地をお譲りになられたからだ……言い換えれば、我らはそなたを護り、その血を護るという事だ。此度もこれからも私はそなたに従う……ただそれだけは忘れずにいて欲しい」


 真剣に語る雛を、今上帝は再びきつく抱き包めた。

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