中宮の気鬱

第112話

 最近中宮様は御気が塞いでおられると、女房達は心配をしている。

 妊婦が体調の変化に、気持ちが塞いでしまったり、情緒不安苛立ちがあるのは当然であるのだが、それにしても中宮様の御様子が、ただならぬものではない事は、御側に仕える女房もの達は皆感じている。

 とにかく昼間はまだしも、夜は御眠りになられない。うつらうつらとされたかと思うと、直ぐにうなされて御目覚めとなられる。

 さすがの長女おさめも、中宮様お一方のお身体ではないから、侍医に相談した。直ぐ様診察した侍医は、その旨を伊織に報告した。


「気がめいるは、自業自得であろう?」


 今日も今日とて、可愛い双髻に結って貰い、菓子まで貰って来た雛が口を動かしながら言った。


「……で?侍医はなんと?」


「暫くは気を休める薬を与え、様子を見るしかないと……」


「……さようか?」


 今上帝は気のない御様子で、それだけを言った。

 確信はあれども、もしも……が心を暗くする。それは普通ならば、逆の意味で猜疑心を抱くものだが、今上帝の場合はそうではない。

 もしかしたら我が子かもしれない……と、そう懸念しての事だ。

 こう思って悩むのが厭だった。

 確信を持ち判然としておるならば、気持ちの持って行き様が決まる。

 たとえ愛せずとも、多少なりと憎悪を抱こうとも、と思う持ち様がある。……だが今となっては、我が子と否定しながら、もしかしたら……とわずかに疑いを抱き憎み切る事ができない。幼過ぎるに持って行かれぬ思いが、余計に中宮への憎悪と化して行く。あれ程恋い慕い恋い焦がれた相手に、今や憎しみの念しか抱けなくなっている。

 だからその小さな命が、中宮が如何様になるかすら、遠い処にあって気にかかる事はなく、消え去る事も存在する事も望む気持ちすら至らないのだ。

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