第105話

「今上帝は阿呆か?なぜゆえその様に致すのだ?なぜゆえ譲位致す?」


「未だ主上様には、それ程のお力はおありになられぬ」


 伊織は言い難い事と言葉を選ぶ。


「幼き頃より法皇様が、後見としてやって来られたのだ……ご成人なされ法皇様より譲られたと言われても、なかなか法皇様の御威光は消えるものではない。だがしかし、主上は稀に見ぬ聖君であられる。その頭角が現れて来られた昨今の法皇様の、主上に対する御様子が明らかに違ったものとなって来ている……それを懸念して、中宮様を掌に置かれておいでてあったやもしれぬ……疑がえばもはや切りがない……ゆえに中宮様が法皇様の御子様を宿されれば、その御子様を皇太子とされいずれは譲位を迫られ様……」


「ふん。どの道血は同じだ……」


 雛は言い放つ様にして、それに伊織は目をむいた。


「伊織。どの道我ら鸞は、天孫の子孫が世を統べれば、それでよいのだ。人間の事には口出しは致さぬ……お前らは、女の血筋をとやくと言うが、そんな物はどうでもいいのだ……ただ天孫の血さえ護れたならばそれでよい。我ら鸞は大神様が太古の昔に、天に座す大神に大地を譲られ、その大地に国を創る事を許された。ゆえにだけは譲れない。大神様が、お母君様を遣わしたもそれゆえよ。この太平の世を守る為、今上帝達天子は、争いを避けて天子の勤めを務めてまいった……如何程にも耐え難き辛苦にも耐えて、世の乱れを避けて来られた」


 雛は大きな瞳を、キラキラと潤ませて伊織を直視する。


「……今上帝がに腹を括ったのであらば、私は全身全霊をかけて今上帝の意に従う……それは私がお母君様から、言い渡された任であるからではない。私がと共に居たいからである。私はの為に、生まれ育ったのだからな」

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