第60話

 牛車が止まり、屋敷に着いた事を知らせた。

 おもむろに伊織が先に降りて、賢くも御忍び姿の今上帝をお降ろしした。


「参っておるか?」


「はい。お申し付け通り、寝殿にてお待ち頂いております」


 伊織の家人は、小声で告げた。


「一人か二人か?」


「お二人にございます」


「女連れか?」


「いえ、可愛らしい狩衣姿の……」


「女人ではないのか?」


 伊織は怪訝気に顔を歪める。


「女人に、見えなくもございませぬが……」


 チッと舌打ちすると


「まぁよい……的外れであったか……」


 伊織は言い捨てて、前を歩く今上帝を見つめた。

 渡殿を渡って寝殿に着くと、御簾の前の簀子に直衣姿に烏帽子の朱明と、碧色の狩衣姿に無冠の男というには儚くて、童子というには大人びた、それは美少年が座っている。


「なんだ?廂に入っておる様に言い渡したに?」


 伊織は朱明を認めて声をかけた。

 残念ながら当ては外れた様だから、廂に入らずにいてくれてよかった感が隠せない。


「あーいえ。家人のお方からも、そう言って頂きましたが……」


「あんな仕切りのあるちまちました所は、性に合わぬ」


「はっ?」


 何とも横柄な物言いの、美少年もとい小童だ。伊織は今上帝の面前で愕然とした。


「な、何を……」


 その物言いを叱責しようと、歩を進めると


「相も変わらずであるな、雛よ」


 と、先程まで物憂気であられた今上帝が、それは嬉しそうに声を上げて言われたので、伊織は一瞬たじろいで後ろに下がった。


「おっ、今上帝ではないか?」


「……しかしながら、その格好はなんだ?確かにその痩躯ならば、その格好でもいい様には思うが……」


 今上帝は懐から扇を出して、口元に持って言ってククク……と笑った。


「はん。そなたが決めぬ限り、私はのだ……であらば、私の動きやすい格好を致すは勝手である」


 横柄な態度のは、今上帝を見上げて言った。

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