龍を抱きし天子・瑞獣碧雅恋愛編

婭麟

一の巻

陰陽師安倍朱明

第1話

 此処中津國なかつくには、それは尊き天子様が在わす稀有なる国だ。

 かつて古の天子様に、その平安なる治世をお慶びの大神様から、それは美しい瑞獣ずいじゅうをお遣わし頂き、お妃様として賜ったという、それは他国には有り得ない言い伝えが存在する国だ。

 そしてかつてはその瑞獣なるお妃様と、そのお妃様がご誕生されし御子様がおいでであったゆえ、鬼も魑魅魍魎ちみもうりょうあやかしも物の怪も、その偉大なるお力に恐れ慄いて鳴りを潜めていたが、もはやそれから二百年近く経った現在いまとなっては、そのご威光などはあるはずもなく、大神様を始めとし八百万の神々様も存在するこの国ではあるが、鬼や魑魅魍魎達の息は吹き返し始めている。

 今宵も今宵とて、陰陽寮の陰陽師安倍朱明あけあきらは、都に巣喰う鬼退治に精を出している。


「色即是空、色即是空……」


「朱明様!」


「えっ?違った?」


 朱明は鬼に頭を掴まれて、持ち上げられた。


「朱明また主か?その印が無くば、其方は生きてはおられぬぞ」


 呆れた様に鬼は言うと、烏帽子を引き千切って朱明を放り投げた。

 ズザーという音と共に、朱明は地べたに投げ打ち付けられた。


「あ!大事な烏帽子が……」


 被っていなくては〝恥〟とされる烏帽子を握り潰されて、朱明は烏帽子に未練を現す。


「長らく其方達は、我らと対峙致す事もなかったからの……にしても、情け無い有様よ……」


 鬼はクシャクシャにした烏帽子を、放り投げて笑った。


「其方も他の者達同様に喰ってやりたいが、残念ながらその印がある限り我らには手が出せぬ。先祖の恩恵を有り難く思えよ」


 鬼は高笑いをすると、羅城門に姿を消した。


「朱明様……」


 妖狐の孤銀が側に寄って名を呼ぶ。


「すまないね孤銀……私がつたないばかりに……」


「お命がありましただけ、幸いにございます」


 孤銀は地べたに座る主人に、身を屈めて言った。

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