第6話 『力』

 あの一件の翌日俺はひたすら走らされていた。もう体感10km位走った気がする。

 最初はリハビリ兼修行とか、それくらいだと思っていたのに。


 照りつける太陽に、全身を差す冷風。俺は既に心が折れそうだった。


 しかし、その度にあの煙管きせるの男の顔がちらついて仕方なかった。生きるため、奴に殺されないようにするため、折れる訳にはいかなかった。


 それは昨日のこと、俺は師匠にその日の襲撃について報告したのだ。しかし、師匠は何も言わず、ただ黙って薪を割り続けた。


「それで?」


 たった一言だけが返される。


 その問いに俺はすぐには答えられず、口の中で色んな言葉がつっかえて出てこかった。そして、かろうじて捻り出したものは『意志』というのには余りにも貧弱なものだった。


 「どうすれば殺されなくなりますか?」


 チグハグな返事だった。問いに問いを返して、自分でも何を言っているのか分からなくなってしまう。


 でも、俺が何を望んでいるのかだけははっきりと分かっていた。


 師匠の手が一瞬止まる。


 「さあな…」


 「俺は、死にたくないです…。だから、」


 素っ気なく返されたその言葉で終わらせないよう、間髪入れずに俺は頼み込んだ。


 「俺に修行をつけてください」


 ドコッと鈍い音が響く。斧を株に突き立てた師匠は縁側に腰を下ろした。


 「お前を狙ったのは、ある組織のリーダーだ。奴等はお前と同じように地球から来た人間の一切を殺すことを目的に活動している」


「……」


「修行をつけたところでお前が死ななくなるなんてことはない。というか、十中八九死ぬ。私が出来るのはあくまで手助け。力の地盤となるものを作り育てる手立てを教えることのみだ」


 「十分です」


 「良いだろう」

 

 そして今日、例の如く腕は傷が残ったものの多少の痛みはある程度でほとんど問題無いまでに回復していたため、家と里とを往復して走り続けるよう言われた。


 これが中々にしんどい。道程は坂道であるため、序盤はそれほどだったが後々キツくなっていった。


 ああ辛い。


 そしてなん往復目だろうか、家に再び到着すると、師匠が立っていた。隣に八重垣さんもいる。


 「よし、そこまで」


 そう言って、一旦昼飯を食うこととなった。心身共に疲弊しきっているので食べ物が喉をスムーズに通ることはない。

 俺は少し疑問に思って、


 「八重垣さんもこんな事を毎日やっていたんですか?」


 と聞いてみた。すると、


 「いえ、私の場合は、筋力や体力よりかは近接戦闘や、『力』を扱う練習だったりが主でした」


 ずるい。心の中でひっそりと呟く。


 「不満か?」


 「いえ、そんなことは…」


 「じゃあアオ、お前、八重と戦ってみろ。そうすりゃ、納得できるだろ」


 師匠が突然提案した。


 「「え?」」


 そうして、昼食を食べ終わると俺は八重垣さんと戦うこととなった。正直気が引けなかった。決して侮っているわけではない、ただ、女子を攻撃するのはどうかと思う…。なんて考えていると、


 「青!本気でやれ!じゃねぇと…」


 師匠はにっこりと笑って、


 「恥かくぞ」


 そう言った。俺は思わず唾を飲んだ。彼女はというと既に構えて戦闘体制に入っていた。


 きっと師匠は俺が本気を出しても彼女には勝てないと確信しているのだろう。なめるなよ。そう心の中で唱える。俺だって男だ、女性に負けてなるものか。拳を握りしめ、構える。


 「それじゃあ…始め!」





 ───それからは一瞬だった。


 攻めあぐねている俺に容赦なく拳と掌低をぶつける八重垣さんを前に俺は引いて受けて繰り返した。


 当然避けきれる筈もなく、一撃目を運良くかわせても2撃目、3撃目、4撃目が俺をボコボコに襲った。そんな事を何度やられただろうか、暫くすると俺の方が先にバテてしまった。


 最後に一か八か、八重垣さんの攻撃に合わせた渾身のカウンターは意図も容易くかわされ、八重垣さんの投げ技により俺は空を仰ぐように宙を舞った。


 止めにと構える八重垣さんを見て師匠は「そこまで!」と手合わせを切った。

 

 俺は息を飲んだ。


 ここまで違うのか。こんなにも強いのか。


 全く太刀打ちできなかった。ただ避ける事で精一杯だった。それに彼女は疲れていなかった。体力も動体視力もセンスもそのいずれも遠く及ばない。


 これが『差』か。


 「大丈夫ですか?」


 手を差し伸べられ俺は、


 「いやあんまり…」


 と顔を反らして不貞腐れ気味に答えた。


 「どうだ、女に負けた気分は」


 煽る師匠。俺は何も言い返せなかった。俺の心は既にバキバキに折られていた。


 「これで分かったろ?この世界で生き続けたいんだったらこの差を埋めるくらいやんなきゃなんねぇんだよ、お前はな」


 「……はい」


 「積み重ねろ。私にはその手助けしかしてやれねぇんだからよ」


 いつになく神妙な顔つきで説く師匠に対し俺は力無く返事をした。

 

 ああ、強くなりたいなぁ…。


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 それからしばらく、洞窟にて、コンコンと軽い音が木霊した。


 ノックの音を聞いて破魔はまは立ち上がる。来たか、と彼は玄関の扉を開いた。するとそこには、ぜぇはぁと息を切らす八重垣青の姿があった。破魔はそれを見なかった事にしてひっそりと扉を閉めた。


 「ちょっ、ちょっと、待ってって!なんで閉めるんだよ!」


 しかし、それを制止され破魔は再び扉を開いく。


 「冗談だ。入れ」


 「まったく…」


 アオの息は大分落ち着きを取り戻していた。


 「頑張ってんな」


 そういって破魔は彼を家へと上げた。


 アオはちょっぴり照れ臭くなった。

 

 けれどやっぱりさっきの事を思い出して、青は下を向いてしまった。

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