第8話 訓練
それからさらに数週間、俺は師匠に言われるがままに修行をした。
初めの頃は体力と筋力を付けるために腕立て伏せや腹筋、ランニングを重点的に行った。早朝、日の出より前に起きて走り込み、師匠に課されたノルマを達成してから、朝食。
その後は筋トレや体力作り、そして、夕方まで師匠の仕事の手伝い。この繰り返しだ。これがとにもかくにも辛い。
3日に一度軽めのトレーニングで済まされる日があるのだが、その日以外でサボろうものなら師匠の今にも殺さんとする視線を食らうこととなる。当然ペナルティと共に。
ちなみに師匠は猟師として活動しており、熊等の害獣駆除も引き受けている。しかも、猟銃なんて物は存在してないため、基本素手であったり短刀であったりで狩っているのだとか。恐ろしすぎる…。
俺はそんな師匠に連れられ狩りの手伝いと、その方法を伝授してもらっている。といっても誘い込み方とか以外は割と力業だが…。
そして、そんな生活に慣れてきた頃、突然トレーニングの後に森にてケイドロが行われた。
師匠が鬼になり、俺と八重垣さんが逃げ回り両方が捕まったら負け、師匠は捕まえる際に倒すか体のどこかしらを掴まないとアウト判定にはならず、俺達は捕まった味方をタッチさえ出来れば解放、大人の顔位あろう大きな砂時計の砂が落ちきるまで逃げられれば俺達の勝ち、というシンプルなものだ。
「何故ケロイドなんですか?」
もっと他にあるだろうにと、師匠に聞いてみる。
「まあこれはそれなりに色んな物を平行して育てられるからな。効率が良いし、ちゃんと頭を使える。それに、3人になったからな、八重にこれまでとはちょっと毛色の違う訓練をさせてやりたいってのもある。」
師匠が八重垣さんの方を振り返る。
「分かってるな八重。今日から私も本気でやる。慢心も油断も許さんぞ」
「はい!」
重苦しい空気が流れる。
だが、たかがケロイド。さすがの師匠でもすぐに逃げ切れるようになるだろう。
そう思っていた。最初の1日だけは。
師匠は圧倒的だった。何もかもが。スピードもテクニックももちろん読み合いの頭脳戦も。
そうして余裕こいていた俺も八重垣さんも捕まったお互いを解放することなく、あっさりと終わっていった。師匠がとにかく速いし、強いのだ。当然だ、だって獣を走って追いかけているだもの。地形が凸凹になっていようが、崖の上に立っていようが、どこまでもその人間離れした身体能力で追いかけてくる。その執拗(しつよう)さにはもはや恐怖さえ感じる。
無理だ...
絶望は意外と早くにやって来た。
ケイドロが始まってから最初の一週間は本当に地獄だった。そもそものフィールドが広いため探すのには苦労するだろうが、見つかれば即捕まってしまう。
どちらかが捕まればその報告が師匠によってなされ、あとは追われ、狩られるのみ。
一瞬たりとも気を抜けない時間が続く。その上、師匠は隠れている俺達を何故か容易く見つける事ができる為、常に動いて居場所を把握させないように立ち回る必要があるのだ。
この前俺が茂みに完全に身を隠していたにも関わらず、師匠はすぐさま俺に目を合わせては、ニタッと笑って「見ーっけ♡」と俺をヘッドロックで捕まえてみせた。
正直あれ以上の鳥肌が立つことはもう二度と無いだろうと思う…。
ひたすら走って逃げて考えてを何度も、何度も、何度も、繰り返すのはかなりの苦でしかない。しかも一度負ける
正直2、3日で心が折れそうになったが、隣にいる八重垣さんは一度たりとも弱音を吐かず諦めていなかった。どれだけ早く俺が捕まっても彼女は絶対に文句を言わず何度も俺を助けに来てくれた。
本当に情ない。助けられてばかりの自分を変えたくてトレーニングをしているのにいつまで経っても変われない自分が情けなくて、悔しかった。
それから俺と八重垣さんは毎日作戦を練った。
「まずはなるべく牢屋から近い所で逃げ回りましょう」
「でもそうしたら二人ともすぐに捕まります。少し離れたところで逃げ回って、どちらかが捕まったら師匠をある程度引き付けてから解放にくるべきです」
「でも追われたら逃げきれる気がしません。少なくとも俺は」
「どう逃げるべきかも考えるべきですね。木々を最小限の動きでかわして行ければなんとかなりそうですが…」
「そうなると最後に森を抜けた後、救出するまでの開けた場所でどう立ち回るかも重要になりますね」
「師匠は余裕がある時は上半身を狙いますし逆に少し危ないと感じた時は足元を狙いますこれを上手く使えれば…」
「いっそのこと転ばしてみます?」
「ではやってみてください。それが可能なら」
「………」
始めにどう逃げ、追われている時にはどう動き、捕まった味方をど救うかを俺達は日夜研究し続けた。
何度も挑み、何度も捕まり、何度も敗北した。
そんな日々が何日も続いたある日のこと。
俺が捕まり指定の円の中で待っていると、八重垣さんが森から出てきた。
そう、
これまでに無いことだった。今までは救出なんてすること無く二人とも森で捕まっていたのに。もちろんその後から師匠も追ってきていた。全速力で走ってくる八重垣さんに向かって俺は手を全力で伸ばし、叫んだ。
「八重垣さん!」
師匠の手が八重垣さんの足元に触れる一瞬前、八重垣さんは伸ばしている手と逆の手でその師匠の腕を
それも、後ろを振り返ること無く。もちろんタイミングを間違えれば捕まってしまうハイリスクな方法だ。しかし、八重垣さんは完璧なタイミングと機転で師匠を出し抜いた。
そうして、八重垣さんの手が俺の手に触れる。その瞬間八重垣さんが師匠に押し倒され、俺は全力で森へと走って逃げた。
しかし、その努力も虚しく、ものの十数秒でまた捕まってしまった。
だが、これは大きな躍進だった。初めての救出、逃走。俺は少なからず興奮していた。八重垣さんもふっと安堵しており、普段は感情の起伏の少ないその横顔からは笑みが溢れていた。
この人は本当にすごいなぁ。それに比べ、俺は…。
そう意気込んだものの八重垣さんの救出は数回に一度の成功率を叩き込んでいるにも関わらず俺は未だに一度も救出の為に森を切り抜けることすらままならないでいた。
「はぁ~。なんで勝てないんだ~」
ケイドロが終わり、ペナルティ分の筋トレを終えた俺はテーブルの上に突っ伏していた。もう腕が上がらない。最近はやっと筋肉痛になりにくくなってきたというのに…。
そして、俺の目の前で八重垣さんは優雅に茶を啜っていた。同じ行動をとった人間とは思えないな。
「八重垣さんは辛くないんですか?」
何気無しに聞いてみる。
「ええ、あまり」
八重垣さんは小首を傾げてそう言った。そんなに平然とされると悔しささえも湧き出て来なくなる。
「師匠も師匠で凄いですよね。あんな身のこなし、常人じゃ絶対に出来ませんよ。初めて見ましたあんな人」
「今のあなたからすれば誰だって初めて見る人でしょう」
「……確かに」
俺は「そういえば」と八重垣さんに質問をした。
「何故お二人はこんな所でこんな生活をしているんですか?里に住むこともできたのに」
聞いてみたもののデリケートな所に触れていないかちょっと心配になってしまった。しかし、近くに里がありこの前見た感じでは、空き家らしき場所もあったのだ。
では、何故こんな森の奥でこんな暮らしをしているのか、そして、何故こんな修行をこの人はしているのか俺は少なからず疑念を抱いていた。
「そうですね。けど、私はどうしても外に居たかったんです。師匠は私のそんな我が儘を聞いてここでの生活を許してくれた。居場所を、作ってくれたんです。」
そう語る八重垣さんの目はどこか遠くを見ていた。この人と師匠の間にどのような出来事が有ったのかは分からない。しかし、きっとこれ以上は俺の入れ込む所では無いのだろう。
「師匠とは血縁関係は無くともあの人は私の本当の家族です」
家族、か。俺の家族も今頃心配しているだろうか。そういう考えが頭を過る度に早く記憶を取り戻したいと願い、焦ってしまう。
だが今はまだ我慢だ。今は強くならなきゃならないあの男と次に会った時は奴から全てを聞き出したいのだが、何分奴は強い。遥かに。だから、今は鍛えて、生き延びる、全てはその後だ。
俺は冷めきってしまったお茶を飲んで小さく息を吐いた。
「八重垣さん!教えてください!八重垣さんがどうやって師匠を出し抜いたのか!」
そうだ、生きるために今は何でも学んで吸収しなければならない。
恥も外聞も構っていられるか。
八重垣さんがコクりと頷く。
「いいですよ。では明日、私が『れくちゃー』するとしましょう」
「ありがとうございます!」
頭を下げて感謝の意を示す。
なんだか八重垣さんが微笑んでた気がするが気のせいだろう。
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