第3話 団子
小鳥のさえずりを合図に
昨日青は異世界である
青の体には全身の至る所に裂傷等の多くの傷と火傷の後があり、療養を余儀なくされていた。昨日は1日休むように言われて眠っていたのだが、たった1日で体は大分正常に近づいていた。身体中に巻かれた包帯も腕と足以外は取れるまでに回復した。これらもこの世界の恩恵なのだろうか。昨日言われた通りそういうものなのだと割り切り、着替えて居間へと向かう。
ちなみに着替えは動きやすければ良いというリクエストに師匠が応えてくれたのを着ている。真っ白の鯉口シャツとズボン、そして上に一枚厚手の羽織。ぴったりと体にフィットしていてなかなか良い着心地だ。
居間は今自分のいた部屋を出てすぐ目の前にある。師匠に連れられた部屋だ。そこは8畳程の部屋を2つ、真ん中の襖を解放して使っている、師匠の部屋兼居間らしい。外へ通ずる障子も開けられておりとても解放的だ。
居間にはちゃぶ台の上に朝食の白米と味噌汁と目玉焼きが置いてあった。
どうやら二人は出掛けているらしい。
青は座って手を合わせた。
「いただきます」
冷えた体に味噌汁が染み渡った。
朝食の後片付けをしていると、二人が戻って来た。師匠は昨日と変わらず
「おはようございます」
俺はタオルを持っていった。すると八重垣さんは「ありがとうございます」と言ってタオルで顔を拭いた。だが、見たところ彼女は汗を一切かいていない。気を使わせてしまったか。
「青、調子はどうだ?」
皮革の水筒で水分を取りながら師匠が尋ねる。
「はい、もう大分良くなりました。もう走ったり出来る位には回復したと思います」
「そうかそれは良かった」
「ところで何をしてたんですか」
少し気になったので聞いてみる。
「修行だよ
絶対怪我人に言うことではないだろう。それに俺は痛いのも辛いのもごめんだ。不意に拳に力が入る。
「いえ僕は結構です。傷を悪化させたくないので」
「そうかい」
師匠は残念そうに肩を
八重垣さんからタオルを受け取って台所へと戻る。ちなみに台所は居間のすぐ隣なので便利がいい。
「師匠、後で里を回ってもいいですか?」
タオルを桶で洗いながら俺は聞いた。この周辺を、あの白炉という里を一度見て回っておきたかった。記憶の足かがりにはならなくても、今後生活していく上でもっとこの世界を知っておく必要があるからだ。
「かまわないよ。千代、ついていってやりな」
「分かりました」
かくして俺は八重垣さんに里を案内してもらうこととなった。
里へと向かう道中とても気まずい時間が流れた。八重垣さんはほとんど話さないし、俺も俺で話題が思い付かなかったのだ。そのうち俺は唯一つ捻り出せた質問を投げ掛けた。
「八重垣さんってどんな修行しているんですか」
「主に戦闘訓練をしています。体力作りと、あとは『力』の使い方とか」
「力?」
「はい。昨日師匠が見せませんでしたか?」
あれのことか。魔法とはちがうのか。そんなことを考えていると。
「青さん見えましたよ。あれが私達の里、『白炉』です」
里は家から
町行く人達には活気があり子供達は走り回わったり、食料品店では店主の盛んな声が響いたりと、とてものどかな印象を受けた。
そこには民家と一緒に店があった。外観は古風だがそこに並ぶ店舗らには靴や調理器具、鉛筆やノートと言った物が普通に売られていた。さらに中には、見たこともないような不思議な道具もあったり。
俺が知らないだけか、はたまたこの世界独自の発展によるものか。
「『
余程凝視していたのだろう、横から八重垣さんがそいつの名前を教えてくれた。
しかし、俺はレンケツキと聞いて真っ先にその道具とはかけ離れた造りである電車のそれが思い浮かんだ…。
名前だけではいまいちピンとはこないな。
「これって一体何をするための物なんですか?」
「そうですね、実演した方が早いとは思うんのですが…。簡単に言ってしまえば、それは『練石』をくっつける道具です。こう…ガチャン!と」
そんな風に八重垣さんはジェスチャーを駆使して説明をしてくれた。どうやら本人も使ったことはないらしい。
というか、また知らない単語が出たな…。
「あの、『練石』というのは一体?」
「ああそうでしたね。『練石』っていうのはこの世界の主要産業を担っている資源のことです。この里は『鍛冶と産業の里』と呼ばれる程、それの加工技術が他の里と比べて優れているんですよ。まぁ後の詳しいことは専門家に聞いてください、難しい話は得意ではなくて…」
確かに鍋や包丁一つ見てもその技術力が
さらに歩いて回っていると団子屋を見つけた。すると八重垣さんは団子屋に向かっていった。
「少し寄っていきませんか?」
そう促され俺も寄ることにした。すると、ふと視界の端にぼろぼろの着物を羽織った2、3歳位年下の女の子が映る。彼女は俺と目が合うと裏路地に行ってしまった。あの子は一体なんだったのだろうか。
そうして、俺はみたらし団子を八重垣さんは三色団子を頼み、しばらく待っていると団子片手に店主らしきおじさんがで出て来た。
「おや、八重垣さん久しぶりだな。そこの変な頭の坊主は連れか?」
「お久しぶりです。彼はそうですね弟弟子です」
「ほう、それはそれは。ところでお前さん、来たばかりか?」
「え?」
「ああ、言わなくて良い。ただそうなら、あんたもその事は隠しておけ。うちは大丈夫だが、これは念のための忠告だ」
変な頭という言葉も気になったが、先程「あんたも」と言ったことから推測するに、この店主は俺以外の『異世界から来た人間』を知っているのか?
「その通りなんですが…。あの、俺以外にも異世界から来た人っているんですか?」
「ああいるよ。たまにだが、知らねぇ内に外からやってくるのさ。長年そういう奴等を見てきたからか、何となく雰囲気で分かるようになっちまったよ」
心臓の鼓動が高鳴るのを感じる。手掛かりがこんなにも早く見つかるなんて。その人達に話を聞けば何か分かるかもしれない。
「その人達に会わせて貰うことってできますか?」
「ああ。だが教えれるのは一人だけだ。そいつらは基本自分の事を隠している。それを俺がバラす訳にはいかねぇんだ。唯一、同じように地球から来た奴と関わりたいって言っている奴がいる。そいつの場所なら教えてやれるが…」
隠している?さっきの忠告と関係しているのだろうか。だがそれならば仕方ないその一人に希望を残そう。記憶を取り戻すためなら藁にでもすがってやる。
「構いません。その人の家は何処ですか」
身を乗り出し食い気味に尋ねる。
「この町を出てずっと東に行くと途中で道が別れているはずだ。そこを左に曲がって山の方を歩くと洞窟がある。その奥がそいつん
「洞窟?」
「ああそいつが元々あった洞窟に家を作ったんだ。何やら練石の加工やら研究をしてるらしい」
「その人とは私も面識があります。やって来てもう多分3年になりますね」
熱々の茶を啜りながら彼女は言った。
それならより詳しく聞けるかもしれない。
「八重垣さん、あの─」
「構いませんよ。この後特に用事は有りませんし」
「…ありがとうございます」
本当にこの人には頭が上がらないな…。素性も知らない男に対してこんなにも、親切にしてくれて。
いつか…ちゃんとこの恩を返そう。師匠と、八重垣さんに。
団子を二つ口に頬張る。タレにコクかがあってそれでいて雑味が無い。
「美味しいですね、ここのお団子。俺、すごい好きですこの味」
素朴でありきたりな感想だが、本心だった。
「それは良かった。私も好きなんですよ」
そう言う八重垣さんの顔に小さく笑みが浮かんだ。感情らしい感情を俺はこの時初めて見た。ほんのりと心が温かくなった。
そして会計を八重垣さんが済まし、俺たちはその洞窟へと向かおうとして店の外にでる。俺はその時、どうしても気がかりな事が有り振り向いた。
「あの俺の頭って…どうなってます?」
不安になって尋ねる。寝癖は直したはずなのだが…。もしかしたら記憶を無くす前の俺がふざけて、頭頂部だけ染めるなんてアホな事をしていたのかもしれないし。
すると店主はふっと笑って。
「なんてことねぇよちぃーとばかし白髪が生えてるだけだ。大丈夫だよ」
こんなにも疑わしい「大丈夫だ」は初めて聞いたな。この年白髪が生えてるとか冗談じゃないぞ…。
今一度自分の容姿を確認しておくべきかもしれないな。
そうして今度こそ俺たちは洞窟へと向かった。
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