第9話 襲撃

 それは唐突な終わりだった。

 その日の夜、妙に目が冴えてしまい夜風に身を委ねようと、家の外に出た時のことだった。僅かな違和感を感じた。


「……森が静かすぎる」


 言葉にすることでより強く感じるようになった異質な空気。普段なら虫や小動物、鳥類などの生き物の音、気配を何とはなしに感じているはずなのに何もない。

 強い胸騒ぎと悪寒を覚え、1度父に相談しようと思った次の瞬間、

 ――背後から、耳を裂く爆発音が鳴り響いた。それと同時に周囲に明かりが灯る。振り返ると村の方角、まるで昼間のような喧騒と共に燃え上がる家々が見えた。



「――父さん!!」


 焦る思いのまま家に飛び込み、書斎へと足を進めた。そこにはすでに準備を終え、大小2つの鞄を手にした父の姿があった。


「外が!村が!」


 咄嗟に口を突いて出た意味の無い言葉を頷くことで押し留める。


「ああ……。思ったより早かったみたいだ。母さんには悪いけど、予定通り村を出よう。なに、ほとぼりが冷めたらまた戻ってきて、旅の思い出を土産と一緒に話せば笑って許してくれるさ」


「村はどうする? これからどこに行く?」


「あっちも僕たちに構ってる余裕は無いはずだ。どの道ここには誰も助けに来ない。家が無くなってたら死んだと思うんじゃないかな。とりあえずは西の森を突っ切って、元々行く予定だった町に向かう。そこで一通りの用事と補給を済ませた後、デイルが大人になるまでゆっくり出来そうな場所を探すかな」


「森を突っ切るって……街道じゃ駄目なの?」


「街道は今頃、怪物で溢れているんじゃないかな。そうじゃなくても野盗なんかも出るんだ。護衛も無しに歩くのは、餌を目の前に差し出すようなものだよ。それよりは森の中を進んだ方が逃げるといった意味では現実的だと思う。大丈夫、デイルも森の歩き方の本は読んだだろ? 書いてある通りに動けばそうそう見つからないさ。ほら、着替えて鞄の中を確認して」


 そう言って父は小さい方の鞄を俺に渡した。鞄の中には数日分の食料と水の入った水筒、火を起こす道具、針や糸、コンパス、そして鞘に納められたナイフがあった。刃渡りは15cm前後、抜いてみるとその肉厚で鈍く光る刃に恐怖が生まれる。


「父さん……これ……」


「ああ、普段料理に使ってるものと対して変わらないよ。それよりかは丈夫だけど、何があるか分からないからね。護身用にすぐ抜ける位置に持って置くんだ」


「……分かった」


 明確に命を奪う為の刃に、僅かに躊躇してしまったが、これまで捌いてきた生き物と変わらないと自分に言い聞かせて刃を納めた。

 準備を整え次の指示を待つ。


「よし、そろそろ行こうか。慎重に見つからないように移動しッ!! 静かに、家の外に何かいるッ!!」


 瞬間、緊張が走る。耳を澄まして見れば、扉の向こうからギャッギャッと明らかに人の言葉ではない声を発する生物の存在を感じ取れた。


「なぜもうこんなところに……まだ結界は機能しているはず……」


 動揺を隠せない父と共に、扉から離れ息を潜める。何かが扉を激しく叩く音が聞こえる。僅かな沈黙、長い数秒間の時が流れる。強い衝撃と音に正面を見据えると、無情にも扉を破壊した怪物の姿が見えた。


 怪物の名は『ゴズ』。成人男性と同じ体格、毒々しい緑色の肌、そして額から生えている1本の角。棍棒を握り、獲物を見つけたとばかりにこちらを狂気に満ちた目をして笑った。

 身が竦み動けなくなった俺の前に父が立ち、油断無く拳銃を構えた。


「ギャッギャッ!!」


 父の存在をものともせず、ゴズが駆ける。


「このッ!!」


 父が引き金を引く。1発、2発と鳴り響く発砲音の先に目を向けると、胸と左目を撃ち抜かれ身体をよろめかせるゴズの姿。続けて3発目、額に向けて放たれた弾丸は予想に違わず標的を貫き、その身体を倒れさせた。


「やっ、やった!」


 恐怖の対象が消え、安堵が胸の内に広がる。


「すぐにここを出るよ。まだ他にも怪物が集まっているかもしれッ!!」


 激しい破砕音、家の壁と共に父が吹き飛んでいった。ゴズに似た風貌、しかしより大きい家の屋根程もある巨大な体躯、灰色の肌をした絶望の象徴、『トロル』。その目はすでに獲物を捉えていた。

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夜明けのグランドライン あまみやオート @amamiyaot

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