第7話 母の愛した樹
日が替わり、俺は家の裏手の森の中を進んでいた。半刻ほど歩いた先、開けた視界の中心にそれはあった。他の木に比べて少し高い程度でしかないが不思議な力を感じさせる樹木だ。周囲には空間があり、小さな草食動物達がまるで警戒心を忘れたように寛いでいた。空気が澄んでいるような気持ち良ささえあるこの場所は、なぜか怪物達が寄り付かない、生き物にとっての安住の地だった。樹木の下には石碑が1つあある。母が眠る場所でもあった。
「母さん、来たよ」
時々、自分の中に迷いや弱さが溢れそうになった時に、ここに来ては石碑に語りかけることがあった。昨日父の話を聴いて、今は無き母の面影を追いかけてきてしまったのかもしれない。
「父さんがさ、相変わらず母さんのこと楽しそうに話してた」
出会った日のこと、2人で森の中で迷子になった日のこと、結婚した日のこと、子供が生まれた日のこと、中には1度聞いたことがある話もあったが、それはもう楽しそうだった。その場に母がいたら、苦笑いすることだろう。
「俺さ、もうすぐ10歳になるんだ。職が分かったら、今よりも強くなれるかな。父さん弱いからさ、俺が強くなって父さんとあの家とか、この場所も守らないと」
誰にも話したことの無い胸の内の思いが、口をついて流れた。
「守れるように、なれるかな」
樹が揺れるように凪いだ。少し強い風だったが、漠然と抱いていた不安を連れていくようだった。
ここには優しい時間が流れていた。
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