第23話 そばに


 休み時間に話すと、原西さんはすぐに賛成した。


「鶴ノ原さんもテニス部に入る前に参加できますね。一緒に応援しましょう!」


 早坂部長にも報告する。


「そう。テニス部に入るのね。せっかく振りも覚えたんだし、部活を始めたら応援どころじゃなくなるんだし、三人で応援してくるといいわ」


 そう言って、微笑む早坂部長。


「早坂部長。せっかくだから――」


 一緒に来ていた原西さんが、早坂部長にごにょごにょと耳打ちした。


「いいわよ」


 何だか分からないけれど、早坂部長は頷いた。まぁ、原西さんのことだから、そんなに突拍子とっぴょうしのないことじゃないだろう。





 そして、放課後。まだ空は青く、よく晴れていた。野球場の空は、いつもより広く見える。


「じゃあ、応援よろしくな!」


 金網越しにニッカリ笑って、去って行く野球のユニフォーム姿の上城くん。その肩を先輩が掴んで、よくやったとか、どういう関係なんだとか聞いている。


 僕らはというと、金網に沿って横に並んでいた。


「ちょっとだけ寒いね」


 僕は隣にいる原西さんに声をかける。


「うん。本当なら中にシャツを着るんだけど、用意できなくてごめんなさい」


 原西さんはチアのユニフォーム姿だ。そして僕も。髪をポニーテールにして、白地に黄色い文字が書かれたユニフォームを着て、ポンポンを持っている。原西さんが早坂部長に尋ねていたのは、このことだった。


「でも、雰囲気出るよ。テニス部の練習試合にも応援に来てもらおうか!」


 そう言うのは遥歌。彼女もチアの格好をしている。放課後、一緒に第三資料室で着替えたのだ。(なるべく見ないようにするのは大変だった)


「それ、いいね」


 そう言うのはマイ。マイだけ普通のブレザー姿にポンポンを持っている。


「プレイボール!」


 野球部の練習試合が始まった。上城くんは外野を守っている。


 栗亜学園が守備の時は、僕たちは黙って見守るつもりだったけれど。


「あ! 打たれた!」


「あ! アウト!」


 ワンプレイごとに声を上げてしまう。練習試合とはいえ、両校とも真剣勝負。見ているだけの僕たちの声にも熱がこもる。


 そして、栗亜学園の攻撃。僕らは気合を入れて、ポンポンを持つ右手を振り上げる。


「「「「ゴー! クリア! ゴー! ファイ!」」」」


 正直、こんなことをしているのは僕らだけで、恥ずかしい。だけど、この声が力になって届いていると信じて声援を送る。だんだん、ギャラリーも集まってきていた。


「あ! 次、上城くんだ!」


 五番で出てきた。ツーアウトで、三塁にはランナーがいる。ここでヒットを出したら、得点できるかもしれないという場面だ。


「「「「ゴーゴー! 上城!」」」」


 僕らは声を張り上げた。ピッチャーの投げる球がキャッチャーのミットに吸い込まれる。ボールとストライクが積み重なった。曲がりなりにも、野球少年だった僕には少しはどんな球が来るか分かる。


「行け! 上城くん!」


 絶好の球が来た。僕は思わず叫んだ。すると、上城くんはバッドを大きく振り、カンッと小気味いい音が響く。その弾はショートのミットをすり抜けて外野へと転がっていった。


「やった、やった!」


「すごーい!!」


 僕はぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。記録はヒット。三塁にいたランナーはホームベースを両足で踏んだ。





 あれほど青かった空が、赤く染まっている。試合は結局、9回にヒットを連打されて、逆転負けしてしまった。


「惜しかったね」


「また次は勝てるよ」


 そう上城くんに気軽に話しかけられるのは、これが練習試合だったからだ。本番だとこうはいかない。


 上城くんも僕たちも、もう制服に着替えている。あとは帰るだけなんだけど、みんな野球場の片隅から動こうとはしなかった。


「四人とも、ありがとうな。応援嬉しかった」


 上城くんは爽やかに言った。野球推薦の一年スタメンは伊達じゃなくて、あの後も中々跡が続かないものの、ヒットを打っていた。


「野球部強くなりそうだね。テニス部も負けてられないよ、マイ」


「そうだね」


 遥歌の思いはマイに届いているだろうと、僕は頷いた。


「鶴ノ原さんは応援部には入らなんだよな」


「うん。そうだよ」


 上城くんは目をさ迷わせてから、僕の目を見つめた。


「鶴ノ原さんが行けって言う声がはっきり聞こえた。そうしたらすごくやらないといけないと思った。できれば、ずっと傍にいて俺の一番近くで、応援して欲しいんだけど、ダメかな」


 僕らは目を見開く。


「それって……」


「キャー、告白です!」


 原西さんが告白されたマイよりも恥ずかしそうにしている。これが告白。はじめて現場に立ち会った。


「マイ! どうするの!?」


 遥歌が僕の肩を揺らす。あ! そうか、僕がマイの代わりに答えないといけないんだよな。とりあえずこの場は濁して、後からマイ本人に気持ちを聞いて――。


「ダメ」


 誰かがそう断言した。


「絶対ダメ」


 そう言うのはマイだ。……上城くん、速攻で振られているじゃん。しかし、なぜかマイが僕に近づいてくる。


「いましかないから、言うね。小さい頃から好きでした」


 僕はぼんやりマイの口を眺めながら聞いていた。


「君がすぐそばにいてくれたから、がんばれた。くじけそうになった時も、君のことを思うと立ち上がれた。だからずっとずっと傍にいてください」


 マイは僕の肩を抱きしめる。


「私は君のことが一番好きです」


 最後は、僕にだけ聞こえるように言った。


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