第22話 やっぱり、そう


 はあー……。


 いよいよ、入れ替わりが解けると思ったのに。


「陣! 待たせたな!」


 僕はいま夢の中。黒タイツの軍団に丸太に縄でぐるぐる巻きに縛り付けられている。


「助けてー、招き猫んじゃー……」


 僕は一応、助けを求めた。本当、助けて欲しい。この夢ともそろそろおさらばしたい。


「招福到来パーンチ!!」


 レッドのパンチがさく裂し、黒タイツの軍団は吹き飛んでいく。その間に、僕を縛っていた縄が緩んだ。


「大丈夫、陣くん? 怪我はない?」


 ピンクが縄を解いてくれている。


「ピンク、もう君たちのフィギアを手に入れることは出来ないみたいなんだ」


「そんなことしなくたって、入れ替わりは解けるわよ」


「えっ! 本当!?」


「それはもちろん、君が一位になることだ!」


 いつの間にか軍団を退散させて、レッドが僕の目の前に立っていた。


「だから、それは難しいって!」


「あら、そうかしら? マイちゃんはもう、何となく分かっているみたいよ」


「え??」


 マイは僕が一位になる方法を知っている? どんな奇策だっていうんだよ。





 この日もマイに髪をセットされて、二人で自転車をこいで学校に登校する。


「なあ、マイ」


「なに、陣」


「あのさぁ。招き猫んじゃーが夢の中でマイには僕が一位になる方法を知っているっていうんだけど……」


 僕はおずおずと聞いてみた。マイのやつ、入れ替わりを解いてテニス部に入るって言っていたけど、僕に黙っているってことは本当は入れ替わりを解きたくないのかもしれない。


「何となくだけど、……うん」


 マイはためらいがちに頷いた。なんてことだ! マイは解き方が分かっているのに、僕に言わないなんて!


「だったら教えてよ! 僕が一位にならないといけないんだからさ! 僕が得意なこと?!」


「えーと……、陣は何もしなくていいかな」


「な!」


 何もしなくていいだと!? じゃあ、どうやって一位になるっていうんだ??


「まぁ、私に任せて。たぶん時間は少しかかると思う」


「うん……」


 僕が一位にならないといけないのに、マイに任せきりとは、どういうことだ。





「あ、遥歌。おはよう」


 教室に行くと、僕は遥歌に声をかけた。隣にマイもいる。


「おはよう、マイ!」


「あのさ。実は報告があって、私、テニス部に入ろうと思うんだよね」


「え」


 遥歌は少し目を見開く。


「わ!」


 そして、僕に抱きついてきた。


「やっぱり! マイなら何だかんだ言ったって、テニス部に戻ってくると思ってた!」


「ははは」


 近い。顔が近いよ、遥歌。


「テニス部に入らないって言ったけど、テニスを止めるとは言わなかったもんね。いつか私に相談してくれるって思っていたけど」


 遥歌は僕の身体、マイの方を見つめた。


「マイ変わったね。秋野くんがマイにテニス部に入った方がいいって言ってくれたの?」


「うん」


 マイは小さく頷く。


「いつまでもグズグズしていたから、はっきり言ってやったんだ」


「い、いやー……」


 はっきりなんて言ったかな? とにかく、マイが迷っているから話を引き出すことに集中していたけれど。


「鶴ノ原さんは、テニス部に入るよ。入って応援してくれる人のために走るよ」


 そう言ってマイは微笑んだ。その微笑みは優しく力強かった。


「……、マイって秋野くんと付き合ってないんだよね?」


「え!? あ、うん」


 いきなりそんなことをこっそり聞いてくる遥歌に僕は動揺する。


「じゃあ、私のこと応援してくれる? 秋野くんに興味があるんだ」


 興味がある。それはたぶん異性としてという意味だろう。だけど、遥歌が興味のある秋野くんは外側は僕で、中身はマイ。つまり、本来なら実在しない人間だ。


「う、うーん。応援は無理、かな」


「そっか。マイ。やっぱり、そうなんだね」


 やっぱり、そう??


「おはよう! みんな!」


 そうこう話しているうちに、上城くんがクラスに入ってきた。


「なあ、鶴ノ原さんと秋野、応援部に入ったんだよな?」


「うん。僕だけで鶴ノ原さんはテニス部に入るけれど」


 マイが答える。


「え、そうなの? せっかくだから、鶴ノ原さんに応援してもらおうと思ったんだけど」


「「「応援?」」」


「そう。今日の放課後、野球部の練習試合があるんだ。それで、なんと。俺、スタメンに選ばれちゃったんだよね」


「すごいじゃん!」


 一年なのに、すぐにスタメンとは上城くんが野球の推薦すいせんで入学したことを知っていたとはいえ驚きだ。


「だからさ、練習だと思って応援に来てよ」


「「応援の練習……」」


 僕とマイは顔を見合わせた。



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