第21話 逃げよう


 繁華街のアーケードの下、自転車を押しながら僕らはゲーセンにやってきた。自動ドアをくぐると、ゲーム機の機械音があふれてくる。


「ゲームセンターって、私初めて来るわ」


 マイは物珍しそうに、ゲーム機を眺めた。


「せっかくだから、何か遊んでいく?」


「それって私のお金よね。ただでさえガチャガチャを回すのにお金がかかるんだから、無駄遣いは許さないわよ」


 ちぇ。


「で、どこにあるの?」


「えーと、ここのガチャガチャは回したことないから店員さんに聞いてみる」


 店員さんに聞いて、壁際に置かれているガチャガチャの所にやってきた。ここはかなり品揃えがいいようで、たくさんの種類が置いてあった。


「これだけあれば、招き猫んじゃーもあるだろ」


 しかし、


「違う、違う」


「どうやら、ここにはないみたいね」


 いくら見直してもそこに招き猫んじゃーは置いていなかった。


「仕方ない。他のゲーセン行ってみよう」


 僕らは他のゲーセンに行くことにした。自転車はそのままで、歩いて向かう。


「ねぇ、陣。私たち元に戻ったら、何する?」


「何って?」


「……私、元に戻ったら、どこの部にも属していないことになるじゃない? 応援部には入れないし、やっぱりテニス部に入った方がいいかな」


 初めてマイからテニス部の話題が出てきた。早坂部長の言う通り、幼馴染だからか僕になら悩みを相談できるのかもしれない。しかし、僕は答えに迷う。


 マイはテニス部に入ることを迷っているようだ。他の運動部じゃなくて、テニス部に。他の運動部の選択肢は考えられないようだ。


「マイがテニス部に入ったら」


「入ったら?」


「僕は応援部でマイを応援する」


 マイは黙った。


「早坂部長が言っていたんだ。応援はプレッシャーにもなるけど、力にもなるって。どうせ入りたい部活なんてないんだからさ。マイの力になるよ」


「……その応援で押しつぶされそうだって言ったら?」


 僕は立ち止まったマイを振り返る。僕の顔でなんとも情けない表情をしていた。


「今までそんなことがあったのか?」


「ううん。応援は、いつも嬉しい。私がテニス部に離れようとしているのは、そのせいじゃない。だけど、試合で全国に行った時、私は全然歯が立たなかった」


 確かマイは全国に行った時には、一回戦で敗退している。その時は、全国に行っただけですごいと思ったけれど。


「応援してくれた人に申し訳なかった。私、絶対勝てると思っていたの。だけど、中学から始めた私はその前からずっと練習して人たちには勝てない。気迫がまるで違った。これからも、きっと勝てないんだわ」


「だから、辞めようとして」


 マイはただ首を縦にふる。まるで中学の時の僕を見ているみたいだ。壁にぶち当たって、背を向けようとしている。まぁ、僕よりずっと高い壁なんだけれど。


 僕はニカッと笑って見せる。


「じゃあ、逃げよう!」


「え?」


「このまま、入れ替わりを解かなければいいのさ。僕じゃマイの身体をうまく扱えないんだし、そのうちテニス部の部長を諦めてくれるって」


 テニス部の部長には悪いけれど。


「なんで? 陣は元に戻りたいんじゃ」


「いや、まあ女の身体も悪くないし。マイが逃げたいって言うなら、それも悪くないんじゃない?」


「……逃げるなんて、ダメ」


「いいじゃん」


「ダメ!! 今まで応援してくれた人がいるんだから!」


 マイが大声を出すから注目が集まった。


「嫌味なことを言われることもあるけれど、純粋に頑張ってって言ってくれる人もいる。お母さんだって、いつも試合を見に来てくれる。私、すごく嬉しかった」


「上に行ったらまた強い奴と当たっちゃうぞ」


「勝つ、勝つつもりで戦う」


「そっか。応援、すごい力になってんじゃん。背中押してくれるだけじゃなくて、踏みとどめてくれるなんてさ。じゃあ、テニス部に入るためにも入れ替わりを解かないとな」


「……うん。ねぇ、陣」


「なんだ?」


 僕らは並んで再び歩き出す。


「さっきの入れ替わりが解けたら応援部に入るって本当?」


「あ、う、うーん」


 実を言うと適当に口をついた言葉だったのだけれども。マイの期待のこもった眼差しを見るとノーとは言えない。


「うん、応援部に入って、マイを応援するよ」


「そっか。陣」


「うん?」


「ありがとう」


 優しい声色だった。僕の声なのに、心がポカポカする。


「うん」


 そして僕らはゲーセンに向かう。だが、そこで店員に知らされたのは、招き猫んじゃーは製作会社が倒産して、もう販売していないという事実だった。


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