第19話 悩み


 さて、いよいよ、僕らは元に戻れなくなってきた。招き猫んじゃーたちは、解決方法を知っているようだが、教えてくれそうにもない。


「ガチャガチャのおもちゃなんでしょ? 他の場所に置いていないか見に行きましょう」


 マイがそう言うので、学校が休みの土曜日に探しに行くことにした。


 とりあえず金曜日のこの日は、大人しく授業を受ける。


「鶴ノ原さーん、先輩が呼んでいるよー」


 昼休みにドアの近くから言われる。そこに立っていたのは、応援部の早坂部長と女生徒。僕はすぐに駆け寄った。


「どうかしましたか。あ、もしかして、やっぱり入部を許可するとか」


「違うわ。私はただの付き添い。用事があるのはテニス部部長の彼女」


 どこかで見覚えがあると思ったら、部活動紹介の時か。


「初めまして、テニス部部長の大園です。良かったら、一緒にお昼食べながらお話しない?」


「行くわよね」


「あ、はい……」


 三年生の先輩二人にそう言われれば、僕は頷くしかなかった。





 僕らは中庭に三人でやってきた。ちょうどマイは購買部にパンを買いに行っていていなかった。しかし、先輩たちの話って、どう考えてもマイの部活の件だろう。マイのいない所で話して、大丈夫だろうか。


「美味しそうな、お弁当ね」


 早坂部長が僕のお弁当を覗き込んで言う。


「あ、ありがとうございます」


 マイのお母さんの力作弁当だ。この日もカラフルで、栄養バランスも考えられている。


「それで、部活のことなんだけれど」


 テニス部部長が言いにくそうに話始める。


「この間はごめんなさい。勝手に対決なんてあおってしまって、不快な思いをさせたわよね。本当にごめんなさい」


 僕に頭を下げるテニス部部長。


「いえ、気にしていませんから」


 実際、入れ替わりの件やらマイの応援部への入部の件やらで気にする暇が無かたし、マイは何も言っていなかった。


「でも、その……、だからテニス部に入らないんでしょう?」


 目を見開いてテニス部部長の顔を見る。なるほど、マイがテニス部に入らないのは、二宮先輩とのテニス対決で恥をかかされたからだと、この人たちは思っているんだ。


 僕はにっこり笑って言う。


「いいえ。私は部活動紹介がある前から、応援部に入ると決めていました」


 次に目を丸くするのは、二人の部長の番だった。まあ、そうだよな。スポーツ万能な鶴ノ原マイが最初から自ら戦うわけじゃない応援部に入ろうだなんて、思いもしないよな。


 しばらく、沈黙していたけれど、早坂部長が口を開く。


「……あなた、何か悩みがあるの?」


「へ? 悩み?」


「そう。テニスを続けるのに悩み」


「そんなの……」


 知るわけないじゃん! だって、僕、本人じゃないから!!


 と、言えるわけもないので、うつむいて黙っているしか出来ない。


「あ、ソフトテニスから硬式への転向だったら、大丈夫。私たちがちゃんと教えるから」


「そんな程度じゃないわね」


 テニス部部長の言うことに、なぜか本人じゃない早坂部長が断言する。


「女同士だから言うわ。私、好きな人がいたの」


 なぜか恋バナを始める早坂部長。


「その人をずっと見てきた。応援部に入ったのだって、その人のことを影ながら応援できると思ったから。本当に影からだったけれどね。彼は運動部で、かなり期待されている人だった」


「だった?」


「うん。周りの期待に押しつぶれちゃったのね。試合に負けて、競技自体やめちゃったわ。でも、私は呑気にがんばれって応援していた」


 僕とテニス部部長は何も言えなかった。


「特別才能ある人たちにも壁やプレッシャー、他にも私たちには想像できないことがある。だから、鶴ノ原さん。つらいこと、苦しいこと、私たちに話していいのよ」


 テニス部部長はうんうんと頷くが、僕は何も言えない。


 もしかして、マイはテニスから逃げようとした? そんな時都合よく、入れ替わりがあったんじゃ……。確か応援部に入ると聞いたのは、入れ替わってからだ。


「私たちには言えないか」


「早坂部長は、その、そんなことがあったのに、それでも応援部にいるんですね」


 僕は気になることを聞いた。


「まあね。応援は時にはプレッシャーにもなるけれど、大概が力になるって言ってもらえるから。それじゃ、お弁当食べましょう」


 僕らは黙々と弁当を食べる。


「ねぇ、鶴ノ原さん」


 唐突に早坂部長が口を開いた。


「私たちには無理でも、秋野くんになら悩みを話せるんじゃない?」


 僕? マイに悩みがあるなんて想像もしなかった僕に話してくれるだろうか。


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