第17話 応援がんばる


 もちろん大事なことだ。これの成否で入れ替わりが解けるかどうかの瀬戸際せとぎわだ。


「いい? 部長に一番だって言わせるには、振り付けを完璧に覚えることよ」


 マイの部屋で、僕らは自作のポンポンを持って向かい合う。


「一番になるって言っても、三人だけだしさ。マイが手を抜いてくれれば、実質僕と原西さんの一騎打ちじゃん。楽勝、楽勝」


「私は手を抜かないわよ」


「いや、そこは抜こうよ」


「それに一騎打ちで滅多打ちにされたことを忘れたの?」


 いや、あれはテニスだったし。原西さんがバリバリ踊れる姿なんて思い浮かばない。けれど、早坂部長からもらった紙に書かれているのは、簡単な振り付けだ。原西さんの応援部の思い入れは深そうだったし。


「マイは、どうしてそんなに応援部に入りたいのさ?」


 原西さんだけでなく、マイの思い入れも深いだろう。確かにスポーツは好きなんだろうけどさ、マイは応援する側じゃなくて、される側。


「……昔、小学生のころ。野球の地区大会の決勝がテレビでやっていたの。それで、栗亜学園が戦っているのを見たの。確か陣も一緒だった」


「あー、覚えている。結局、栗亜は逆転負けしちゃったけど」


 僕は野球少年だった。だから、その試合を家でマイと一緒に観ていたんだ。近くの学校のお兄さんたちが奮闘する姿を、手に汗握って魅入っていた。


「チアの格好をした人がインタビューに答えていて、その時、応援部の存在を知ったの。何も出来なくても、応援が相手の力になるって言っていた。……だから、私も」


「へぇ」


 ちょっとおかしいと思いつつ僕は曖昧に返事をした。だって、そうだろ。マイは何も出来ないわけじゃない。むしろ、何でもできる。子供の頃からだ。


 ふとあることに思い当たった。


「もしかして、だから僕に怒った?」


「……。」


 マイは口を閉ざした。僕とマイが中一から一言も話さなかった原因が、野球だった。


 野球少年だった僕は中学に上がった時、野球部に入った。だけど、夏にやめてしまった。原因は練習についていけなかったことだ。監督が結構なスパルタ教育で、僕以外にもやめていく部員は結構いた。和気あいあいとした少年野球団にいた僕には、とてもついていけなかったのだ。


 そんな僕にマイは言った。勝つためにはハードな練習は必須だ、本気で野球しないで、どうするのって。僕は別に何が何でも勝つために野球をしているわけじゃないと返し、その日は二人、親が止めるまで怒鳴り合った。


 それきり、疎遠になっていたのだけれど……。


「勝たないと応援し介がないもんな」


「別に勝っても負けても頑張っている人は応援するわよ。さぁ、おしゃべりはこれぐらいにして練習をしましょう」


 僕らは応援部の振り付けを夜遅くまで練習した。





 そして、木曜日。


「あら、来たのね。原西さん以外来なくてよかったのに」


 第三資料室に着くや否や、早坂部長の素っ気ない言葉で迎えられた。


「じゃあ、さっそく始めてもらいましょうか」


 僕たち三人の前に折りたたんだ紙を差し出される。一枚ずつ手にして開くと、僕は2、マイは3、原西さんは1の数字が書かれていた。


「それじゃ、原西さんからね。これで踊ってもらうわ」


 早坂部長は原西さんに銀色のポンポンを二つ渡す。


「私が最初なんて、き、緊張です。でも、頑張ります!」


 原西さんは左手に腰に当てて、ポンポンを振り上げた。


「ごー、くりあ!!」


 元気よく声を上げる原西さん。僕は正面から見ていて、ほんわかしてくる。一生懸命だなぁ。あ、振り付け間違えた。


「あ、ありがとうございました」


 少し肩で息をしながら、宮原さんの演技は終了した。動いているは上半身だけなのに、これだけ息を上げているということは、身体が弱いというのは本当のようだ。


「じゃあ、次」


 早坂部長は感想など何も言わず、次を促した。次は僕だ。僕はよろしくお願いしますと言って、前に出た。う。三人とは言え、観客の前で踊るのは緊張するな。


「ゴー! クリア!」


 えーい! 一番になるんだ! ここでなれなきゃ、一番なんて無理だ! 


 僕は半ばやけくそで踊った。腕の振りは大きく、胸を張って、ポンポンは音を鳴らすぐらい振る! マイに言われた通りだ。よし!


 自分で言うのは何だけど、かなりいい出来だったんじゃないか?


「ほら、次」


 僕は達成感に浸りながら、マイにポンポンをバトンタッチする。間違いない、僕は一番になる!


「GO! CLEA!」


 ……。


「GO! FIGHT!」


 マイの踊りは完璧だった。そう難しいものではない。にも、関わらず、僕たちは一つの完成されたショーを見ている気分だった。男の身体というのは気にならなかった。見惚れているのは僕だけじゃない。原西さんや早坂部長までもが、魅了されているようだ。


 手は抜かないと言っていたけどさ……。どれだけ完璧主義者なの?


 マイが踊り終わると、しばらく皆黙っていたが、パチパチパチと拍手が起きた。


「すごいです! 秋野くん! 完璧、いいえ、それ以上です!」


 原西さんが興奮した様子でそう言った。


「そうね。中々やるじゃない。でも、一番は決まっているわ」


 え……。早坂部長がそう言うということは、一番はマイじゃないということだ。もしかして、もしかすると!


「一番は原西さんよ」


 あっという間に期待は砕け散った。


「え、えっ。私ですか?」


「一応、チアの格好で踊るわけだからね。笑顔が良かった原西さんが、一番ね。振り付けは完璧でも笑顔が全くなかった秋野くんは二番」


「つまりぼ、私は」


「三番。最後の人は仮入部も認めないわ」


「そんな!」


 抗議したのはマイだ。それでは、入れ替わりが解けたらマイは応援部に入れないことになってしまう。


「元々、鶴ノ原さんを通すつもりはなかったわ。運動部の部長たちに恨まれるぐらいなら、あなた一人に恨まれる方がずっといいもの」


「あー……、そうですよね」


 頬をかきながら僕は思わすそう言う。ギッとマイに睨まれるも、僕は早坂部長を説得する気などない。だいたい、応援部に入っても、他の運動部の人たちがマイを諦めるとは思えない。諦めるとしたら、テニス部一択だ。


「それじゃ、原西さん、秋野くん。毎週木曜日の放課後はここに一応集合。まぁ、来なくても、本格的に活動するとき以外は平気なんだけどね」


 こうして、僕の身体だけが応援部に入ってしまった。


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