第16話 カラオケ


 次の日。高校生になって初めての土日だ。テニスで痛めた足もほとんど痛みは引いている。


「練習しようと思っていたのに」


「まぁ、クラスの交流会は断れないだろ」


 僕らは新しいクラスの交流会、カラオケに来ていた。代わる代わるマイクを持って、名前を言ってから歌い始めていた。クラスメイトは明るい人柄が多く、全員来ているらしい。一つの部屋には入りきらず、二つの部屋に分かれていた。


「マイ。これ一緒に歌おう」


 隣に座っている遥歌がリモコン画面を見せてくる。有名アイドルグループの曲だけどちょっとマニアックで、僕には歌えない。


「あ! こっちならいいよ」


 僕はリモコンを操作して、そのアイドルグループのもっと有名な曲を表示させた。


「いいよ。それじゃ、予約っと。秋野くんは何歌う?」


「いや、僕はいいよ」


 僕の身体のマイは、押し付けられたリモコンを遠慮するように押し返す。


「駄目だよ。みんな、一曲は歌うんだから。下手でも、誰も笑わないよ。これなんてどう?」


「じゃあ、それで」


 マイは遥歌に言われるまま、僕らの次に歌うことになった。やけに音量の大きいクラスメイトたちの歌声を聞いている内に、順番は回ってくる。


「谷遥歌、鶴ノ原マイ、二人で歌いまーす」


 僕らは他の人たちと同じように前の方に行って、マイクを握った。知ってはいるけれど歌ったことのない歌。四苦八苦しながら、なんとか遥歌に合わせる。


「お粗末さまでしたー」


 リズムを外しながらも、なんとか乗り切った。


「マイ、今日ちょっとのどの調子悪い?」


 遥歌が聞いてくる。おそらくマイとカラオケぐらい来たことがあるのだろう。


「う、うん。ちょっと風邪気味で。あ。秋野くんだね。マイクどうぞ」


 僕は誤魔化すように、マイクをマイに渡す。


 そう言えば、マイの歌なんて久しぶりに聞くな。子供の頃の遊び唄なんて数に入らないだろうから、まともに聞くのははじめてかもしれない。そう思いながら元にいた席に座ると、マイの歌が始まった。


 それは男性歌手のバラードだった。第一声から他の男子たちとは違った。伸びやかな声がカラオケの個室を満たす。ざわざわと騒めいていたクラスメイトたちが次第に沈黙し、マイの歌声に聞き惚れていた。


 ……なぜ??


 いくら中身がマイだからって、身体は僕だぞ。どうなってんの??


「秋野ってこんな特技があったんだんな。鶴ノ原さんは知っていた?」


 僕の隣に座っている上城くんが言う。僕はまあとあいまいな笑みを浮かべた。


 曲が終わると、わっと拍手が起こる。秋野くんすごーいとか、歌手を目指せばとか。中身が僕だと絶対に聞けないような言葉が聞こえた。


 やりすぎだぞ! マイ!!


 マイも困ったような顔で戻ってきた。


「おい、秋野。どうやったら、あんなメロウな声が出せるんだよ」


 上城くんが僕の肩に手をかけて、そう聞く。


「どうって、……ポテンシャル?」


 おい。それって僕の身体に僕が入っても宝の持ち腐れってこと?


「次、これ! これ歌ってよ!」


 遥歌がリモコンで見せるのは女性に人気のヒット曲だ。


「いや、今日はこれぐらいで。ごめん。この後、鶴ノ原さんと用事があるから、抜けさせてもらうね」


「そうなの。マイ?」


 唐突にマイがそう言うものだから、僕は多いに動揺した。


「え!? あ、う、うん。そうだった、かな?」


「じゃあ、僕たちはこれで」


 僕とマイは会費を払って、クラスメイトたちに冷やかされる中、カラオケを出る。


「じゃあ、帰って振り付けの特訓をしましょう」


 うん。そうだと思ったけどさ。せっかくの親睦会を中座するほど、大事なことか?


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