第12話 迷惑?


「ぎゃあああああ」


 気が付いたら、どこかも分からない砂利だらけの道を走っていた。背後には全身黒タイツの軍団が迫ってきている。マイの身体じゃない、僕の身体だ。捕まるのは時間の問題だろう。


「誰か、誰かぁ……」


 僕は半泣きで走り続ける。


「も、だめ」


 そう思った時、マントをひるがえす姿が見えた。


「君は!」


「待たせたね! とうっ! 招福到来キック!!」


 招福戦隊招き猫んじゃーレッドのキックが僕とタイツ軍団の間に炸裂した。地面はバキバキと音を立てて、軍団と僕をへだてる深い谷が出来た。


「レッド!」


「これで、もう大丈夫だ、陣。あいつらの相手は仲間がしてくれる」


 谷の向こう側で他のレンジャーたちが戦っている。


「あ、ああ。そうか、これは夢なのか」


「もちろん! それはそうと、願いは叶えられたかな?」


「そんな訳ないじゃん! マイと入れ替わりたいなんて誰も言ってないし! とにかく、これ以上マイに迷惑かけられない。元に戻して!」


 僕は思いっきり叫んだ。


「それは、どうかな? マイは本当に迷惑だと思っているのだろうか」


「え?」


 気が付くと後ろにブルーがいた。


「聞いてみるといい。そろそろ目が覚める時間だ」


「え、ちょっと、待て……」


 意識が遠のいていく。いや、マイが迷惑していようが、していまいが……。





「僕の心が持たないんだけど」


 僕は薄っすら目を開けた。白い天井。僕の部屋は茶色だから、ここはマイの部屋だ。僕は自分の胸元を覗く。そしてマイの身体だ。


 入れ替わり、解けていない。


「おはよう」


 僕は窓を開けながら言う。


「おはよう。もう少し遅ければ窓を叩いて起こすところだった」


 マイは既に制服に着替え、本を読んでいた。……漫画だ。それも僕の部屋にあったちょっとエッチなやつ。


「マイ、それ……」


「ああ、これ? 本棚にあったから読んでみたんだけど、高校生男子ってこういうのを読むのね。でも、不自然なシチュエーションが多くない?」


「……まぁ、漫画だからね」


 何だか耳の裏をのぞかれているようで恥ずかしいぞ。マイが恥ずかしい思いをしていると思ったけれど、僕だってプライベートな所がないわけじゃない。なんか、部屋も勝手に綺麗にされているし。あれも、あれも、見られたのかな……。


「そういえば着替えどうする?」


「……お風呂まで入ったんだから、自分でしていい」


 まぁ、そうなるよな。


「でも髪は私がやるから」


 なんで?


 とはいえ、拒否きょひする理由はない。僕が着替えた後、マイに髪を綺麗なストレートに整えられた。






 それぞれ朝食を済ませて、家の前で落ち合う。


「それじゃ、後ろに乗って」


 マイが自転車にまたがった。昨日話した通り、二人乗りで学校に行くつもりだ。


「しょうがないな」


 僕は後ろの荷台にまたがった。


「「……。」」


 しかし、マイは発進しようとしない。


「マイ?」


「違うでしょ。またぐんじゃなくて、片側に足を揃えて、私の腰を掴む」


「え、えーと、片側に……」


 僕は言われた通りにした。確かにこの方が女の子っぽい。程なくして、マイは自転車をこぎ始めた。


 自転車は僕を乗せているとは思えないほど、快調に進む。


「見てみてー」


「ん?」


 信号に止まると、幼稚園児らしき女の子が僕の方を指さした。


「あの人たち、らぶらぶって言うでしょ?」


 隣にいたお母さんが言う。


「そうねー。らぶらぶねぇ。でも、危ないから真似しちゃだめよ」


「ら、らぶらぶ……」


 普通に考えたら、僕って見た目、男子に抱きついている女子高生だよな。そう思うと、周りの人がみんな僕らを見ている気がした。


「マ、マイ。やっぱり恥ずかしいし、歩いて……」


「駄目。恥ずかしいなら、背中で顔を隠していれば」


 僕は学校に着くまで、言われた通りにした。





 学校に着くと、マイは僕を靴箱に置いて自転車を停めに行った。


「はぁ、朝から恥ずかしかった」


「マイ! おはよう」


 遥歌だ。僕もおはようと返す。遥歌はもうテニス部に入る気満々のようで、カバーに入ったラケットを手にしていた。


「見たよ、見たよ、マイ。朝から秋野くんと登校なんて、やっぱり付き合っているんじゃないの?」


「そんなわけ」


「あ! 私も見たよ! 鶴ノ原さん、秋野くんに密着してた! あの距離は付き合っていないと出来ないでしょ」


 遥歌だけじゃなく、他のクラスの子も混じって僕に追及してくる。


「ち、違うよ。家が隣で幼馴染で……」


「幼馴染!? 幼馴染と付き合っているの!?」


 なんで女子はこうも人と人をくっつけたがるのだろうか。いつの間にか囲まれて抜け出せないし。


「ほら、怪我もしたしさ。向こうは迷惑だと思っていると」


「迷惑じゃないよ」


 女子の視線が後方に集まる。僕も見ると、マイが立っていた。


「迷惑じゃないから、無理しないで」


 マイが真面目な顔で言う。もちろん、僕の顔だ。イケメンではない。それでも、イケメンなセリフだったのだろう、キャーっと黄色い声が上がった。


「鶴ノ原さん、愛されてる!」


「秋野くん、かっこいい!」


 僕がかっこいい!? 生まれてこの方、言われたことのないセリフだ。しかし、マイは気にしていないようで。


「ほら、行くよ」


 そう言って僕の鞄を取り上げた。教室に行くまで、僕はマイに支えられて歩く。周りには好奇の目をした女子たちが付いてきていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る