第11話 風呂


 氷を足に当てて、痛みが大分引くとマイは僕の家に帰っていった。


「マイちゃん、陣ちゃんとケンカしていたでしょ。だから、仲直りしてくれてママ嬉しい」


 食事中、マイのお母さんがポヤポヤした顔で言う。


 僕はなんと言いようもなかった。中身が入れ替わった以上、マイとはなし崩しに話している。別に仲直りしたわけじゃない。ついでに言うと、僕とマイは別にケンカしていたわけでもなかった。


 僕とマイは中一の時に、互いに互いを傷つけた。二人とも言ってはいけないことを言ってしまったのだ。僕らはお互い謝ったけれど、関係がぎくしゃくして、それ以降話していなかった。終わったことだけど、小さな魚の骨がのどの奥に引っかかったように、今でもつっかえている。


「マイちゃん。お着替え、脱衣所に置いておいたからね」


 僕がリビングでテレビをぼんやり見ていると、マイのお母さんが背後からそう言って来た。たぶん、怪我をしたから二階から持って来てくれたのだ。


 ……やはり、入らないといけないのか。怪我をしたし、一日ぐらいいいんじゃないかと言う発想は彼女たちにはないらしい。僕ならパスする。というか、パスしたかった。


 だって、幼馴染の真っ裸とか、いきなり見られないって! ていうか、見た後どういう顔をして会えばいいの!? 


「マイちゃん、入らないの? 入るでしょ?」


「は、入ります」


 心の中でもだえていた僕は、立ち上がった。


 そうだ。マイ本人に、入れって言われたんだ。これは借り物の身体だから大事にしないといけない。足を怪我してそう思ったばかりじゃないか。


 僕はよたよたしながら、脱衣所に向かう。そして、服をどんどん脱ぎ、下着姿に。今朝着せられた黄色いブラをしている。それをまくり上げて脱いだ。パンツも下ろす! 


 こういうのは勢いが大事だ。恥ずかしさを意識する前に、全てを終わらせるのだ!


 すっぽんぽんになった僕は、自分の身体を見ないようにして風呂場に入場した。だが、そこには待ち構えていた。ピカピカの水垢一つない、全身を映し出す鏡が。


 湯気でくもっているものの、僕は真正面から見てしまう。


「あ、う、あ……」


 マイの身体は美しかった。均整の取れた身体に、形のいい胸。腰はくびれて、肌は健康的な肌色をしている。


 思わずぽーっと見とれてしまう。そして、思わずポーズ。腰に手を当てて、髪をかき上げてみた。お、おお、グラビアアイドルみたいだぞ。


 って、何しているんだ、僕!? 我に返ると、僕は急いで身体を洗う。泡を思いっきり泡立てて、泡で身体を包み込む。髪もガンガンシャンプーを泡立てる。これで洗ったことでいいだろ。僕は泡を流すと、湯船にざぶんと浸かった。


「あー……、見ちゃったなぁ」


 それに変なことしちゃった。これはマイには黙っておこう。


 っていうか、頭に血が上ってちょっとくらくらする。裸ぐらいで……。


「マイちゃーん、ママ心配だから一緒に入るわー」


「ぶーッ!!」


「マイちゃん!?」


 風呂場に突如入ってきた真っ裸のマイのお母さん。マイ以上のナイスバディに僕は鼻血を出して倒れてしまった。





「のぼせただけだから」


 マイの部屋に入ると、僕の身体でくつろいでいるマイがいた。パジャマ姿で自分の部屋の本を読んでいる。ちなみに僕は鼻にティッシュを詰めていた。


「興奮することをしたってことよね。耳ピクピクしてる」


 のぼせたと言っても、信じるはずがない。それにお母さんの裸を見たとも言えない。


「……ほとんど触ってないから」


「それより、髪、乾かさないと」


 どうやらマイはあんまり怒ってないようだ。いや、不可抗力だっていうのをマイも分かっているからだと思う。たぶん。


「ほら、ここに座って」


 マイはベッドの前に黄色いクッションを置いた。


「うん」


 僕が言われた通りクッションを抱えて座ると、マイは僕の背後のベッドに座る。そして、ドライヤーのスイッチを入れた。


「足、痛い?」


「うーん、大分痛みは引いたけど、まだ少し痛いかな」


 温風が僕のうなじを撫でる。やっぱり自分の身体だから大事にしたいのだろう。……女の子だしな。僕の身体のことなんて大して気にしないけれど、マイが入っているせいか、お風呂上がりのせいか、僕の身体もいい匂いがする気がする。


「明日、学校まで二人乗りしていこう」


「いや、いいよ。それに二人乗りって違反だろ」


「やむを得ない場合はいいでしょ」


「というか、明日には入れ替わりも解けているかもしれないじゃん」


 ずっと続くとは考えにくい。現に一位になりたいと願って、僕はマイになっても一位になれていない。


「そっか……。そうかも。入れ替わり解けるといいね」


 そう言うマイの言葉にはあまり覇気はきを感じなかった。


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