第10話 怪我

 僕は保健室に運び込まれた。なんとマイにお姫様抱っこで抱えられて。


「軽い捻挫ねんざね。当面は激しい運動はしないでね」


 保健室のおばちゃん先生に足首を包帯でぐるぐる巻きに固定され、そう言われた。


「良かった。大したことなくて」


 椅子に座る僕の横で、安心したように息をつくのはマイだ。


「ごめん、マイ。マイの身体なのに」


 僕はおばちゃん先生が居なくなると、マイに謝った。僕は自分の身体じゃないことを忘れていた。一番になりたいからって、無理して傷つけていい身体じゃない。


「それぐらい、大丈夫。テニス部に入らない、いい言い訳にもなるし」


「マイ……」


 本当にテニス部に入らないつもりなんだ。


 マイの身体に入って気が付いた。本当に運動が出来る身体なんだって。しなやかに動く身体は、思いっきり動きたいと言っているように思えた。それを僕じゃ上手く使えない訳なんだけど。


「マイ。なあ、もしかしたら入れ替わりも今日限定かもしれない。だからさ、テニス部入った方がいいよ」


「……なんで、今日限定だったら、テニス部に入った方がいいの?」


「マイ、才能あるよ。絶対。いや、元から分かっていたことなんだけどさ、再確認したって言うか。僕が負けちゃったけど、マイなら絶対に負けなかった」


「そんなの、分からないよ」


「分かるよ。ずっと僕が入っているなら、他の部活でもいいかもしれないけれどさ。マイが正しくマイなら絶対テニス部の方がいい」


「でも、決めるのは私だから」


 そう言われて僕は口を閉じる。


「二人の鞄、持ってきたよ」


 沈黙していると遥歌が鞄を三つも抱えて保健室に入ってきた。


「ごめん、谷さん。荷物持って来てもらって」


「これぐらい平気だよ、秋野くん。それより、マイを家に送って行ってね。私は反対方向だからさ」


 僕とマイはもちろん同じ方向だ。





 足が痛む僕は自転車を杖代わりにして、家に帰ってきた。かなり時間がかかってしまった。一番星が空に輝いている。


「陣、私の肩に捕まって」


「あら、あらぁ」


 聞き覚えのある少し甘い声に僕らは振り返る。そこにはマイのお母さんが買い物バッグを持って立っていた。


「やだ、マイちゃん。さっそく、陣ちゃんと一緒に帰ってきたの? 二人でいる所を見てママ、はにゃーんってなっちゃったわぁ」


 は、はにゃーん?? 


 僕には意味が分からずにマイ(僕の顔)を見る。そこには冷めた目で自分の母親を見つめる娘がいた。マイにも通じていないようだ。


「あの、それよりマイさんが怪我をしてしまったのですが」


 マイが僕の足首を指さしながら言う。そこには右足には靴下ではなく、包帯が巻かれている。


「え、え。あの、自己管理を徹底てっていしているマイちゃんが怪我!?」


「あ、軽い捻挫だから」


「大変! 陣ちゃん、マイちゃんが部屋にあがるの手伝って」


「元からそのつもりです」


 確かにこの足じゃ、階段を上げるのは大変かもしれない。あんまり無理して悪化させたらマイに悪いし。


 僕は大人しく、マイの肩を借りる。すると、マイが僕の腰に手を回してきた。


 ちょ、ちょっと、密着しすぎじゃないか? マイ、自分の身体だからって遠慮しないのかな。とはいえ、拒否するわけにもいかないので、僕はマイに半分抱えられるようにして、マイの部屋にあがった。


 部屋にあがると、ベッドに腰を下ろされる。


「いたたた」


「痛い?」


 マイは足元にひざまずき、僕の足を下から支えるように持ち上げる。


「ちょっとだけ」


「おか、おばさん、氷持って来て」


「いま、持ってくるわね」


 マイのお母さんがいなくなると、僕はふうと息をつく。


「何とか誤魔化せたかな」


「お母さん鈍いからたぶん大丈夫。お父さんはいま海外だし」


 マイのお父さんは海外に単身赴任中で、家にはいない。おじさんが家にいたら、だませる自信は僕にはなかった。ふと、マイが小さな声で言う。


「……お――、――ってね」


「え、何?」


 何を言ったか聞こえなかった。僕はマイに耳を寄せる。


「だから、――ッ、ろ」


「いや、聞こえないって」


 もう一度僕が聞くと、マイは真っ赤な顔を上げた。


「だから、お風呂!! 入らないと汗かいたのに臭いでしょ!」


 風呂。まさか、マイから入れと言われるとは。


 当然、服を着たままで入るわけにはいかないし、どこも触らないで身体を洗うことなんて出来ない。それでも、マイは自分の身体の清潔せいけつさを選んだのである。


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